naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: short novel



 梅雨時は気圧の変化で偏頭痛になることも多い。そんな時、僕はこの店に行く。スピーカーはかなりの音量で鳴っている。その真ん前の席に座る。偏頭痛のアタマにはこのくらいの刺激がちょうどいい。膿んだ脳の襞がシャキとする。店内は適度にエアコンも効いている。天井は長い間の煙草のヤニで飴色に染まっている。数年前から禁煙になったが、長年の煙草臭の名残が適度に残っているのも悪くない。

 二時間後、店を出ると雨はあがっていた。海岸通りまで行って、歩道橋を登っていつもの遊歩道を歩く。風が心地いい。薔薇が咲いている。向日葵が咲いている。港には大きな船が停泊している。

 「船に乗りませんか?」と声をかけられた。あの大きな船ではない。夜景を楽しむ小さなクルーズ船の勧誘だ。「今夜はこれから波も穏やかです。絶好のクルージング日和になりました。いかがですか?」勧誘する人の声は穏やかで、まるで物語に誘う語り手のような話し方だ。僕は船に乗ってみたくなる。「出航まであとどのくらいありますか?」「三十分後の7時です」「わかりました。間に合うと思いますので二人分席を確保しておいていただけませんか?」僕は彼女に電話をする。

bateau

sunflower

Biogon 28mm f2.8 G mount + α7s



 40年ぐらい前に書いた短編小説の原稿が、古いパソコンのハードディスクの片隅に保存されていた。おそらく当時はフロッピーディスクのついたワードプロセッサーなるもので書いて、それを90年代にMacのEGWordあたりのソフトにデータ変換したものだと推察される。足繁く京都に通い、チェーホフばかり読んでいた頃の文章である。

 今のこの状況が現実ならば、その後のこと、東京を離れ京都に移って、Mさんのことを想い起こしていた未来(?)のことはすべて夢だったということになる。そして反対に、もしその未来こそが現実ならば、今は夢の続きということになる。でも、どちらも夢だと割り切るには余りにリアルで、理性的な判断は下せそうにもない。両方ともが現実……それが正直な感覚だ。でも、そんなこと、常識ではあり得ない話。しかし、「二百年、三百年たったら地上の生活は想像もできぬくらいすばらしい、驚くようなものになるでしょう」とチェーホフの『三人姉妹』のなかでヴェルシーニン中佐は言っている。我々は「それを予感し、待望し、夢想し、その準備をしなければならない」と言っている。だったら、そうした「驚くようなもの」の断片が今の地上の生活のどこかに紛れ込んでいたとしても不思議ではないのかもしれない。……両方ともが現実なんだと僕は思う。でも、ひょっとして……今は僕にとって二度目の人生なのではないだろうか、という考えがふと頭に浮かんだ。ヴェルシーニンの願いが実現したのだ。一度目の過ぎてしまった人生はいわば下書きで、僕は二度目の清書する人生を今始めたばかり。だとしたら僕は今のこの地上で一番恵まれた人間なのではないだろうか。僕は今度こそ今までとは違った違った生活をつくる。花や光のあふれたMさんとの生活を。
十和野葵『下書きの人生』より


鴨川

祇園

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P


『私の生活にはこういう花こそが欠けていたのですよ。私はよくこんなふうに考えるのです。もしも人生を初めから、それも自覚的にやりなおせたらなあって。過ぎてしまった人生はいわば下書きで、もうひとつほかに清書する人生があればって。そうすれば誰だって何はともあれ自分のたどってきた道を繰り返すまいとするでしょうね。少なくとも自分のために違った生活環境をつくりだすでしょう。こんなふうに花や光のあふれた住まいをね。……』(チェーホフ『三人姉妹』より)



 同じ夢を何度も見る。

 封書が届く。その封書には「部屋の家賃が滞納されています」と書かれている。途方もない金額。僕がかつて住んでいたアパアトは、三十年もの間、解約されないままになっている。取り壊されることもなく、今も大きな櫻の木の陰に隠れてひっそりと建っている。三十年分の白い埃を床や簡素な書き物机の上に堆積させて。

時空

Hektor 5cm f2.5 + M10-P + Color Efex Pro

 寒い。手足の先が冷え切っている。三十年間封印されたあの部屋の扉を開ける前に、少しばかり暖を取っておこうと僕は考える。オレンジ色の明かりに誘われて、遊歩道沿いに建っているカフェのドアを開ける。カウベルの音が鳴り、その後、店の奥からなにやら物語めいた旋律のピアノの音色が聞こえてくる。窓際の席に案内される。熱いミルクティーを注文する。窓越しにあの櫻の木が見えている。その陰に建つアパアトのシルエットが闇の中で微かに滲んでいる。

 明日から僕はまたこの街で目覚め、昼間のうちは少しだけ外に出て陽に当たり、夜が更けてからはあの部屋に閉じ籠もり、またあの頃と同じように奇妙で孤独な夜を過ごすのだ。



 そのひとはひとり、ケーキを食べている。住宅街の狭い路地の突き当たりに建つ古びた白い洋館の窓際の席に座ってひとり、ケーキを食べている。椅子の背にはベージュのトレンチコートが丁寧に折りたたんでかけてあり、前髪は綺麗に眉の上で揃っている。中高の顔にうっすらと薄化粧をして、濃い紅色の紅茶にミルクをたっぷり入れて飲んでいる。マスクを外すと唇も鮮やかな紅色で、ストロベリーケーキをフォークで少しずつその唇に運んでいる。

 店の中は、甘いケーキと紅茶の渋みと古家の黴びた匂いが混ざり合い、それらは床の絨毯に染み込んでしまっているが、時折、出窓の網戸越しに流れてくる春の風がそれを紛らわせる。

 そのひとはスマホを手に取ることもなく、文庫本を読むわけでもなく、春の夕暮れに、古びた白い洋館の窓際の席に座ってひとり、静かにケーキを食べている。


tea&cake



 あと一ヶ月もすると冬至。5時を過ぎればすぐに夜がやってくる。車のヘッドライトを点け、ハンドルを右に切ると、ここはどこだろう? 初めて通る道、見知らぬ道だ。路肩に車を停めフロントガラス越しに木々の、建物のシルエットを眺めていたら、久しぶりにあの「哀しみ」がやって来た。闇が夜が、つくづく心細いのである。小さかった頃みたいに。一度閉じ込められたら、この闇はもう永遠に明けないのではないだろうか。誰かに傍にいてほしいのに守ってほしいのに、誰もいない。もしもこのまま明けない夜をずっと走り続けなくてはならないとしたら。闇の中に置き去りにされる情景がまぶたの裏に映し出される。迷子になった情景がまぶたの裏に映し出される。シンシンと冷え込んだ世界がヒタヒタと私の中に浸透してくる。

森

@ Trolls in the park

Summaron 35mm f2.8 L + Ⅲg + APX400



 「このマンション、年をとってから大変になるって思わなかった?」と彼女は言う。

 その建物はブラフと呼ばれる崖の石段を約百五十段登り切った場所にある。眺望はバツグン。部屋の三方の窓からはいつでも海と空が見える。周辺は人通りも少なくてとても静かだ。

bluff

Summilux 35mm f1.4 2nd + M4 + XP2 400

「買い物はどうしてる?」「ネットで注文すれば何でも届けてくれる」「ずっと部屋に籠もりっぱなし?」「天気が悪い日はそうだね」「退屈?」「まだまだ読みたい本がたくさんあるから、いくら時間があっても足りない」「そう」「で、今日みたいに奇跡みたいに天気が良くなった日曜日にだけ、坂を下りていって街でパンを買ったりカフェで珈琲を飲んだり」「奇跡みたいって?」「初夏なのに風がヒンヤリとして空気が乾燥してる。今年こそはジメジメした梅雨も猛暑の夏も全部スキップしてくれるんじゃないか……そんな奇跡が起きそうな気がする日」「相変わらずのアナタの言い回し」「そうかな」「で、相変わらずひとり?」「ああ、でも、この部屋にいると毎日いろんな人たちに会えるんだ。キミみたいな昔の友だちにも、昨日会ったばかりの新しい友だちにも。みんな同じように若くて生き生きとして、この部屋でいろんなことを語り合う。日が暮れるとみんな帰って行くけれど、そのあとひとりになって考える。ひとりになって書く。とてもおだやかな毎日だ」「アナタ自身も昔のママ?」「鏡を見てないからよく分からないけど、キミが言うように言い回しも変わらないみたいだし、毎日考えることも毎晩見る夢も変わらない。ただちょっと足腰が弱くなって階段の登り降りがキツくなってきただけのこと」



 世界は乳白色の雨雲にすっぽりと覆われてしまっている。どこにも青い穴はあいていない。そこから光が差し込んでくることもない。

 地上のあらゆるものが潤んでいる。私の頭の中の襞も柔らかく潤んで心地よい。あらゆるものにしっとりとフォーカスが合ってくる。逆に晴れの日が続くと私は偏頭痛に悩まされる。ふつうは反対でしょ、とひとは言う。ふつうのひとは低気圧が近づいて来たときに頭が痛くなるわけで。

 梅雨空。六月の木曜日の午後五時。ぬかるんだ道をビニール傘を差した人たちが家路を急いでいる。雨の匂いがぬうっとする。草の匂いがむうっとする。雨に閉ぢ込められると、時間がどちらに流れているのかよく分からなくなる。そんな時、私はいつもここで、誰かがやってくるのを待つ。

 時折大声で、もういい加減にして欲しい、と叫びたくなることがあるでしょ、とわたしが云う。とっとと元に戻してほしいんだけれど、と私が云う。そろそろ滅ぶのかな? なにが? あなたが? わたしが? 世界が? 上映時間が終わるのかな? 「世界五分前仮説」が正しいとしたら、それはたった5分間だけのことだけれどね、とわたしが云う。

ぬかるみ

Zunow-Elmo 13mm f1.1 + Q-S1



 オレンジ色の明かりがシャーベットみたいに淡くなる夕刻がある。そんな時は、街の音、通りをすれ違う人々の声のざわめき、匂いの流れ方、香りの留まり方までもがなんとも柔らかい。おそらく空気の密度が普段とは違ってしまうのだろう。

 それは、春の兆しが見えてきた時節にも起こりうるし、夏の終わり、澄んだ秋の空の下、あるいは真冬の、とある一日にも起こりうる。季節はまちまちだ。ただ共通しているのは、風がふうっと止む時間帯、その後に始まる夜空が群青色になる直前の時間帯だ。

 そんな夕刻に、私は整然と区画整理された住宅街を歩いている。ツタの絡まる古めかしいヴィンテージもののマンションが左手に見えてくる。右手には簡易な十字架を屋根の上にかざした教会、その隣の更地には、大きな樫の木が一本そびえている。しばらくすると、いろんな店が軒を並べる賑やかな通りに出る。古着店、雑貨屋、小さな食堂、自家焙煎の珈琲店、エトセトラ。そして、その通りの突き当たりに、しめやかな公園の入口が待っていて、そこに自転車が二台、置き去りにされている。

bicycles

Summar 50mm f2 L + Ⅲa + Acros100 + Silver Efex Pro



 重い鉄製の扉を開けた瞬間、柔らかな暖気が出迎えてくれる。眼鏡のレンズが白く曇る。ここは、真冬の片隅にぽつんと設えられた安息の場所である。
 とにかく静かである。BGMは、聞こえるか聞こえないかの絶妙のバランスで、うっすらと流れているだけ。時折、ケトルからシューシューと湯気の立つ音がするだけ。そんな中で、みんな、思い思いの本のペエジを繰っている。でも決して、緊張を強いられる静寂ではない。空気がゆったりと和んでいる。ここに居ると、夜がずっと続いていくような気分になる。やさしい夜が、決して足元をすくわれることのない夜が、永遠に続いていくような気分になる。
 ここは、一風変わった珈琲店である。まずもって営業時間。開店は日没の一時間後、閉店は日の出の一時間前。つまりは夜の間しか営業していない。しかも完璧な夜の時間だけ。前後に一時間ずつ設けてあるのはそのためである。そして、なんと、この店には店主がいない。客は自分で棚から好きな珈琲茶碗を選び、自分でお湯を沸かし、自分で紙フィルターを使って珈琲を淹れる。といっても、セルフサービスの店ではない。姿は見えずとも、店主の気配は常に感じられる。開店時間には毎日きちんと数種類の挽き立ての豆が用意されているし、BGMで流れる音楽もその日の天候によって、あるいは、その日に集まる客たちの気分を察するようにアレンジされている。





 さて、扉を開けたすぐのところの壁には小さな貼り紙があって、そこに、この店のルールが書いてある。

1)ここは、静かに本を読む、あるいは文章を書くための場所です。
2)店内の本は全部自由に読んでいただいて構いません。でも、必ず元の場所に戻しておいてください。
3)何時間居ていただいてもかまいません。けれど、眠らないでください。
4)料金は一律千円です。お金はカウンター脇の木箱の中に入れておいてください。
5)通信機器は使わないでください。
6)最後に店を出るひとは鍵をかけ、扉の郵便受けにドロップしておいてください。

 そんなルール、客がちゃんと守ってくれるの? 本を持ち帰っちゃうひと、いない? みんながみんな千円払ってくれるかしら? ……大丈夫。この店に来る客は、初めて訪れるひとも含めて、みんなこのルールをきちんと守っている。ほぼ毎日来ている私がそう証言しているのだから、間違いはない。
 そう。私はほぼ毎日、この店に通っている。そして、ほぼ毎日、ここで物語を紡いでいる。物語、ストーリー。……そんな大仰なものではないのかも。私はただ、静かに、自分のまわりに存在しているここの親密な世界を叙述したいだけなのだから。
 営業時間の話に戻ろう。日没の一時間後から日の出の一時間前まで。だとすると、当然のことながら季節によって営業時間が変わってくる。真夏で7時間ぐらい、真冬だと10時間以上。その間、ここに来る客はただただ本を読み、文章を書いているだけ? 疲れてうたた寝してしまうんじゃない? それにお腹だって空くのでは? 確かにお腹は空く。で、そういう時のために、実はフードメニューも用意されている。ただし、出前である。カウンターの隅に小さな黒いボタンがふたつあって、それぞれに小さな文字で、ポテトサンド、フルーツサンド、と書いてある。このボタンを押してきっちり十五分後に入口の扉を開ければ、あなたはそこに銀のトレーにのった、きれいにラップがかかったポテトサンドかフルーツサンドを目にすることができるだろう。まるでホテルのルームサービスみたいに。





 午後5時を過ぎたらあっという間に日没である。晩秋。すぐに闇夜がやってくる。篠突く雨が降っている。霧。街灯が滲んでいる。見下ろすように建っているマンションの部屋の明かりも幻想的だ。誰かが僕の跡を追いかけている。誰かに襲われる光景が既視感となる。あるいは僕ひとり、どこか異界に迷い込む。落ち葉を踏みしめると腐った臭いがする。紅葉。そう言えば響きはいいが、ようは朽ちた葉のことだ。昼間、街にはまだまだいい匂いが溢れていた。珈琲豆をローストする匂い。すれ違う女の子の綺麗な匂い。日向の匂い。それが、日が暮れると一変する。どこかから雑音の混じったラジオが聞こえてくる。ずいぶんと古い歌謡曲が流れている。ひとりじゃないって素敵なことね。

紅葉

Summicron 50mm f2 R + fp

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