naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: lyric



 さあ、今日から春なのです。ダウンジャケットはクローゼットの奥にしまい込み、ベージュのトレンチコートに着替えましょう。そうして、蕾みが膨らんだ桜の木の下を通り、街外れの公園に向かって歩いていきましょう。

 太陽は輝き、夜は匂い立ち、そうして、時はよみがえる。

 でも、やっぱり。会えなくなってしまったひとに再び会える奇跡は起こらず、過去の悔恨は尽きることもない。けれど、だからといって自分の人生を卑下するなかれ。人生は最終的にはプラスマイナス・ゼロ。今までが良ければこれから下り坂、今まで悪かったひとはこれから上り坂。キミの人生はどうだ? うまくいったか、うまくいっているのか? うまくいってないと思っているあなた、ちゃんと努力すべき時に努力したのか? なんでもひとのせいにするなかれ。なんでも不運のせいにするなかれ。それにしても、いやですねえ。お互い年を取ると、みんななんだか、ひがみっぽくなってイヤですねえ。

 さあ、でも、今日から春なのです。もうすぐあなたも公園にたどり着くでしょう。そこは特別な公園なのです。中原中也がこんなふうに謳っていた、世にも不思議な公園なのです。

park

Illuminar 25mm f1.4 + E-PM1


 林の中には、世にも不思議な公園があつて、無気味な程にもにこやかな、女や子供、男達散歩してゐて、僕に分らぬ言語を話し、僕に分らぬ感情を、表情してゐた。
 
中原中也『いきてかへらぬ』



 ここに来て、急に寒い日が続くようになった。都心は師走並の気温だという。窓の外には冷たい雨が降っている。

 「雨音に気付いて、遅く起きた朝は」は名曲「12月の雨」。私はユーミン世代ではないが、1974年発売のアルバム「ミスリム」はご多分に漏れず持っている。買った当時は中学生。そして、この伝説的なアルバムの中で一番好きだったのが「12月の雨」。

 雨音に気付いて 遅く起きた朝は まだベッドの中で 半分眠りたい
 ストーブを付けたら 曇った硝子窓 掌で擦ると ぼんやり冬景色

 初めて聞いた時、なんてリリカルな世界だろうと思った。自分もとっとと早く大人になって、東京のアパアトでひとり暮らしを始めたいと思った。そうすればこうしたリリカルな生活が送れるのだと。

 以来、この年になるまで、一番好きな季節は12月のままだ。クリスマスが近くなると慌ただしくなって来るから、12月も初旬から中旬あたりがいい。

 最近、モデルでシンガーソングライターのchayさんがこの曲をカヴァーして、それがテレビ番組の主題歌になっているのを聞いてみたが、あのリリカルな歌詞が少しくぐもったシャウトする歌声に包まれてナカナカの出来映えである。



 それにしても、この曲がリリースされたのは今から42年前。42年!これはかなり天文学的な数字である。こちらも歳を取るはずである。おかげさまで今では「雨音に気付いて、遅く起きた朝は、まだベッドの中で、半分眠りたい」とはならず「雨音に気付いて、今日も早く起きた朝は、とりあえずベッドの中で、まだ眠ったふりをしていたい」というのが現状である。早朝覚醒である。。。

 2016年の現在、1974年当時に比べれば我々は極めて便利で快適な生活を送れるようになったが、リリカルさは決定的に不足している、と思うのだが。



 昼間、どんなに蒸し暑くとも、どんなに不快な汗をかこうとも、
 夕方の五時も過ぎると、ふとどこからか、すうっと風が流れ出し、
 そんな時刻に街をそぞろ歩けば、海の近くは潮の匂いがぷんとして、
 すれ違う女の子たちの肌からはココナッツオイルの匂いもぷんとして、
 彼女たちが肩に提げたビニールのショルダーバックはきれいな白色で、
 足の親指と人差し指の間に挟まったサンダルの柄もきれいな白色で、
 空も茜に染まる直前はきれいな白色で、
 その空に滲むロードサイドの店のオレンジ色の明かりや、
 どこかで始まった花火の音や、通り過ぎるオープンカーから流れてくる音楽、
 どれもこれもがなんとも、なにを見てもなにを聞いてもなにかを思い出す感じで、
 これだから夏はイヤだなあ、
 でも、これだから夏が好きだなあ、
 とつくづく思う、八月。

summer

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M9-P



 空気がジン、と冷えている。
 風はない。夕焼け。
 淡いオレンジ色と水色。
 そこに、ピンクが混ざった夕焼け。
 そこに、時折、鳥影。

sunset

 小学校。国旗掲揚。大きな時計。
 時刻は5時40分。
 整備された校庭のトラック。
 そこを、いつの日か駆けていった少年。

school

 無音。
 サイレントフィルム。
 冬の終はり。


GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 
 

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