横浜も神戸も長崎も、洋館や唐人屋敷が多い街である。そして、坂道の多い街である。ゆえに時折混乱する。ここはどこの中華街か?今歩いているのは横浜の元町か、それとも神戸の元町か?今登っているのは神戸の阿蘭陀坂か、長崎のオランダ坂か?

 でも、このムスリムのモスクが目に入ればこれはもう間違えようがない。今、自分が歩いている街は神戸である。神戸。なんと異国情緒豊かな街だろう。横浜、長崎を凌ぐほど。

モスク

 モスクからトアロードに戻って坂を登っていくと世界一おいしい朝食(?)で有名な北野ホテルが見えてくる。異人館通りを右折するとフランスの洋館、グラシアニ邸が道行く人を見下ろしている。その先にはロシア雑貨の店。手作りのマトリョーシカがたくさんある。近くにはスイス料理店もあるしトルコ料理店もある。そうして北野坂にたどり着く。昼食の時間だ。先ほどのグラシアニ邸もいいし、北野ホテルのアッシュも美味だ。でも、やっぱりフレンチを食べるなら北野ガーデン。大きな硝子窓越しに芝生の庭をゆったり眺める午後。食事が済んだら、ジャイナ教寺院でも見学しようか。神殿の本尊はジャイナ教の開祖、マハーヴィーラ。両眼がギラギラと光っている。サンスクリットのスヴァスティカの文様「卍」。ナチスがアーリア人の象徴として採用したハーゲンクロイツは逆卍。むせ返るようなサンダルウッドの香料から逃れるようにして外に出る。石段を登って北野町広場へ。黒川晃彦さんの彫刻がたくさん置いてある。タイトルは「晴れた日に永遠が見える」。いい言葉だと思う。

晴れた日には

 久しぶりに風見鶏の館の中に入ってみるのも悪くない。ここで優雅な幼少時代を過ごしたエルゼ嬢。他にもいくつか洋館を巡ってみる。阿蘭陀坂。神戸の阿蘭陀坂は左右の建物がずいぶんと朽ち果てている。来た道を戻って北野天満宮へ。水かけみくじを引いてみる。水に浸さない限り吉凶の文字が現れてこない。社の奥の梅園へ。そこからずっと山裾沿いに歩く。神戸の港が一望。でも、所々に震災の際に頽れた家屋の残骸が今もそのまま放置してある。
 突然どこにも行けない気持ちに襲われる。新神戸の駅はもう歩いてすぐそこなのに。どこにも戻れない気分に包まれる。大急ぎで来た道を再び戻り、石段を下り、北野坂を下って、にしむら珈琲店に逃げ込む。蔦の絡まる赤煉瓦の壁、重厚な木製の扉をがっちりと閉めて少し心が落ち着く。ここは1974年、日本で初めて会員制の喫茶店が始まった場所だ。ウィーン風の焼き菓子を注文する。シューベルトのピアノソナタが流れている。ずいぶんと心が平静に戻る。ピアノソナタは18番「幻想」。



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