naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: yokohama



 先日、仕事で横浜方面に用事があったので、帰りに久しぶりに定番のコースを散歩してみた。桜木町駅からウォーターフロントへ出て、日本丸メモリアルパーク、みなとみらいの風景を眺めながら運河パークを渡って赤レンガ倉庫へ。そのまま山下公園に行って氷川丸を眺め、ホテルニューグランドから海を離れ中華街を経由して石川町駅へ。暖かくて桜も咲き始めていたし、潮風を感じながらの横浜は心地よい。

cherry

 この街にじっくりと腰を据えて住んだのは一年足らずだけど(山手のイタリア山公園の近くに住んでいた)、若い頃からずっと憧れの街だった。大学生になりたての頃、「プロハンター」という横浜の街を舞台にしたテレビドラマがあって(藤竜也さん、草刈正雄さん、柴田恭兵さん)、クリエイションのアイ高野さんが唄っていた主題歌の「ロンリー・ハート」を毎週聞いていた。今でもよく歌詞を覚えているが、恥ずかしながら最近になって自分が大きな勘違いをしていたことに気がついた。向田邦子さんの「眠る杯」(「巡る杯」の聞き間違い)「夜中の薔薇」(「野中の薔薇」の聞き間違い)の類いである。問題の箇所は「天使の空、星が泳ぎ、俺たち汚す悲しみも」のところである。このドラマ、横浜エリアが舞台だったので、この後半部分をずっと「俺たち横須賀馴染みも」だとばかり思っていたというお話。(ま、一度改めてみなさんも聞いてみて下さい)

 まあ、その勘違いはともかく。自分の中では横浜は常に異国情緒たっぷりのカッコいい街であり続けた(まさに「薄荷たばこふかしてBLUESY」)。あれから約40年、その間にこのウォーターフロントエリアもずいぶんと新しく整備されていったが、山下公園の氷川丸と「赤い靴はいてた女の子像」、そしてニューグランドの旧館は変わっていない。

赤い靴

all photos taken by Jupiter-12 35mmf2.8 + KIEV ⅣaM + Lomo100



 どんなにデジタルカメラの画素数が上がろうと、どんなに秀逸な非球面レンズが発売されようと、これからもずっとフィルムカメラにオールドレンズを付けて撮影し続ける、と思う。

 戦前のレンズは周辺は収差で流れ光量の落ちも激しい。でも、その分だけ中心部分が浮き立ち、そこになにかしら秘密めいた物語が隠されているような雰囲気を醸し出す。そして、フィルムグレイン。この独特の化学の粒子が空気感に色っぽい傷(キズ)を付ける。

 被写体は、山下公園から眺めるホテルニューグランド。ここにはマッカーサーズ・スィートがある。ナポリタン、ドリア、プリンアラモード発祥のホテルでもある。ま、それはさておき、ニューグランド。まずもってホテルの名前がいい。そして、このロゴの書体がいいのである。

new grand

Summar 5cm f2 L + Ⅱf + TX400



 春のような陽気である。電車の中はそんなに混んではいない。右隣に座っていた女がウツラウツラし始めた。時折、私の右肩に寄りかかる。化粧品の匂いがぷんとする。少しオイリーな色っぽい匂いだ。髪の匂いもぷんとする。
 朝、天気予報で三月中旬の陽気だと言っていた。小春日和、らしい。…暖かくて眠くなる。読んでいた文庫本は現代版カフカみたいな話だが、その不条理もなんだかぼんやりどうでもよくなってくる。そして、右隣からは、化粧品と髪の匂いに紛れてオンナの匂いがぷんとする。

 いつの間にか横浜を過ぎ、電車は地下に潜り込んでいた。右隣の女はいなくなっていた。どこかの駅でちゃんと目を覚ましたようだ。眠りこけてしまったのはどうやら自分の方のようである。
 電車は終点の元町・中華街の駅に着いた。ずいぶん地下深くにホームがある。長いエスカレーターを何度も折り返して登っていく。改札階を過ぎる。まだまだ登っていく。すると、不意にアメリカ山公園に出た。花壇に薔薇が咲いている。薔薇の花はたいしたものだ。真冬でも枯れることがない。
 ここから外人墓地を巡り、元町公園、エリスマン邸、ベーリックホールを経て代官坂上へ。体が散歩コースを覚えている。汐汲坂から南に下り、テニスコート発祥の地がある山手公園でひと休みする。それから再び通りに戻ってカトリック山手教会へ。

maria

Summicron 35mm f2 1st + MM

 中庭に立つマリア像をじっと見上げる。頭部を少し右に傾け、合掌する手を左前に寄せて…ポーズが長崎の大浦天主堂の日本の聖母と酷似している。説明の書かれた碑を読んでみると、それもそのはず、どちらも1865年前後にパリから日本に寄贈されたものらしい。ひょっとして、二体とも同じフランスの工房で作られたものやもしれぬ、などと夢想に耽っていたら、敷地内を掃除していた信者の女性に声をかけられた。「よろしかったらごいっしょに堂内に入りませんか」
 丁寧に辞退する。今堂内に入って神父さまに会ったら、そのまま洗礼を受けてしまいそうな気がしたからだ。(まあ、それならそれで構やしないのだけれど)…元来た道を戻る。そこから元町までは歩いて五分。
 気が付いたら、元町商店街の端っこにあるウチキパンでいつものように(?)食パンを一斤買っていた。そして、いつものように(?)その脇の坂を登り始めた。高台に立つ白いマンションまで。それは切り立った崖の上にある。かつて、このあたりの地番はブラフと呼ばれていた。切り立った崖、Bluff。

bluff

Elmarit 28mm f2.8 2nd + M9-P

 最近、なにかの拍子に過去と現在がするりと混ざり合ってしまうことがある。でも、そんなの、別にたいしたことでもないし、おかしなことでもないと思う。たかが20年や30年程度の昔ぐらい、それは一週間前や昨日、あるいは一時間前となんら変わりはしない。時間なんてそんなものだ。

 その坂を登っていけば、あの白いマンションにたどり着く。ベッドと書棚と書き物をするテーブル以外になにもない、でも、日当たりだけは良くて、暖かい季節になるといつもウツラウツラしてしまうあの部屋にたどり着く。これから日曜日の朝である。おいしいトーストを焼いて食べるのだ。…

このページのトップヘ