ようやく梅雨もあけ、いよいよ盛夏である。ビーチはどこも、ひとひとひとの波である。「世の中、夏休みなんだね〜」と海の家のテントの中で彼女がつぶやいている。「8月に入ると、夏休み、あっという間に過ぎちゃうんだけどね」
例によって、今年もサーファーの女ともだちとこうして海に来ているのである。「会うの、ものすごく久しぶりな気がする」「一年ぶり。毎年恒例」「いや、一年以上会ってなかったんじゃない?」「あ、去年は6月に会った。梅雨明けが異常に早かったからね。それが今年はもう8月」「一年と二ヶ月ぶりってこと?」「そう」
「最近、どう?」「……トシだね」「らしくないなー、なんかあった? 自信喪失?」「いや、まだ全然ズレてないと本人は思っているんだけどね」「なら、それでいいじゃん」「でもねえ」「でも?」「自分がいいと思ってやってることと、まわりがそれを理解してくれているかのギャップというか」「そんなの、誰だって、どんな時だってあるよ」「ある。でも、トシを取るとそのギャップがひどくなるみたいなんだ」「なんで?」「なんでかわからないけど、時には180度違って相手に見られていたりすることがある」「180度? それって正反対ってこと?」「ああ、で、ひっくり返る」「ひっくり返る?」「ラストで、自分でいいと思ってやっていたことが、オセロゲームみたいに、どんでん返し」「……ううむ、それはキツいか」
「アタシももう若くはないけどね、そういう経験は、ないなあ」「僕より二十も若いからね」「そういうことじゃないと思うけど」「ん?」「年齢には関係ない」「じゃあ、なんだろう?」「……たぶん、ストーリィ、つくろうとし過ぎなんだよ」「ん?」「いろいろ順序立てて積み上げすぎなんだよ、きっと」「……」「正しく積み上げれば積み上げるほど、逆にどこかの切り換えポイントひとひねりで、ゴロッと、そのまま全体がひっくり返る」「うむ」「ワタシみたいなおバカはさ、そういうの、やりたくてもできないからさあ。万事が思いつきのつぎはぎだらけ。でも、だから、切り換えポイントひとつぐらいどこかでひねられても、どうってことないw」「……なるほど」
彼女のひと言で、なんだかスッと腹落ちがした。
海岸から五十メートルぐらい沖合で、波に乗り損ねたサーファーが空中でもんどり打って一回転しているのが見えた。鮮やかなオレンジ色のパンツをはいている。しばらくして海面にせり上がって来た彼はボードに捕まりながら海岸で待っている仲間に向かって手を振っている。とても楽しそうに。
僕の隣に座っているサーファーの女ともだちも鮮やかなオレンジ色のビキニを着ている。全身きれいに小麦色に焼けている。髪はソバージュ。
「ワタシももうあと二年で四十の大台だよ。いつまでも肌なんか焼いてる場合じゃないんだけどね」「キミは、全然変わんないよ」「お世辞はいいから。……最近はシミが消えないからね、もうやけくそ。上書きして焼いてごまかしてんの」と彼女は笑った。笑ったときの目尻のしわが去年よりもほんのちょっとだけ深くなったような気がしたけれど、それは、彼女の深みがまた一年分増したということだ。すらりと伸びた長い脚から、今年も甘いココナッツオイルの香りがしている。