naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: lens

滲み

Kistar 40mm f2.4 + M10-P


 Kistarを試してみた。ズミルックス35ミリを凌ぐ収差だ。




 最近は戦前(第二次世界大戦前)のレンズばかりという話の続きである。これは1937年のロシア製広角レンズ、FED 28ミリである。

 けっこうやっかいなレンズである。L39マウントなのにフランジバックが微妙に違って無限遠が出ない。ライカのカメラにマウントしても距離計は合致しない。しかたがないので、ストッパーのビスを外してみた。無限遠の位置を越えてレバーを回せばなんとか無限遠が出る。

 所有している個体には珍しく曇りがほとんどない。なのに、画面全体が独特のフレアに包まれ、周辺光量がグンと落ち、まるで収差の激しいシネレンズのような世界である。

teeth

FED 28mm f4.5 + α7S




 オールドレンズ&カメラの楽しみ方のひとつに製造年にこだわって集めるというのがある。自分の生まれた年のものを選んでバースディライカと称したりするのがまさにそれである。

 私の場合、意図的に製造年を選んで購入することはなかったけれど、結果として当時の思い出が詰まった年のものに遭遇することも多かった。例えば現在手元にあるハッセルブラッドのSWCは1979年製。高校卒業後、京都で浪人時代を過ごしていた年に当たる。今から思うと人生の最初の岐路に立っていた時のことである。

 ま、それはさておき。60年代、70年代のインダストリアルデザインが好きなので、おのずとその世代のレンズやカメラが多く集まってくるのであるが、最近は戦前(第二次世界大戦前)のものに心引かれる。ここまで古いと自分の人生のエピソードとはまるで関係なく、単なる歴史的なロマンだけなのであるが、気がつくとここ数年に購入したもののほとんどが戦前のものである。コンタックスⅡやビオゴン35ミリ、ゾナー85ミリ、ライカのエルマーやズミタールといった汎用レンズも敢えて戦前のノンコートものばかりを選んでいる。それらはもうかれこれ90年ぐらい経過しているものなので、調整してもシャッタースピードは安定しないし、レンズも曇りや傷だらけ。たまに嘘みたいに綺麗な個体に遭遇することがあって思わず買ってしまうのだが、それらはもしかしたら後の時代のものとのニコイチとか、研磨されたものかもしれない。でもまあ、それでいいのである。1930年代に造られたカメラやレンズであることの片鱗がどこかに見え隠れするだけで、気分はアガる。

contax2

 古い時代のもの、いにしえのものは、ただそれだけで美しい。こういうタイプの人間が骨董の世界に陥ったら大変なことになりそうなので、今のところはなんとか実用に使えるオールドカメラ&レンズだけに留まっているのであるが、この病気も昂じると、、

滲む

H-Zuiko Auto-S 42mm f1.2 + X-T30Ⅱ



 久しぶりの「滲み」レンズ。60〜70年代のズミルックス35ミリを初めて使ったときのことを思い出した。


 本日のタイトルは、フレア、である。といっても、またオールドレンズを買ったわけではない。ここのところずっと愛用している眼鏡(跳ね上げ式になっていて、手動で遠近両用に変えられて便利なのだ)をいつも肌身離さず、お風呂の湯船の中にまで持ち込んでいたために、所々コーティングが剥離してしまい、こうして西日の強い秋の午後に外を歩いていると、強烈に眩しいし、世界が白濁してししまうのだ。さすがにこれでは目にも悪そうなので近々眼鏡店に行ってレンズだけ入れ替えてこようと思っている。若い頃はいろんなデザインの眼鏡フレームを衝動買いしてばかりいた自分が、レンズのコーティングが剥げるまで同じフレームを何年も使い続けるようになるとは、物持ちがよくなったというか、年を取ったというか、はてさて。

フレアJPG

 ところで、こうして西日に向かって目を細めて歩いていて、ああ、オールドレンズのフレアってのも、ようするにこういうことなのね、ただコーティングされてないために(あるいは単コーティングのために)直射する光を防御しきれず光が乱反射したり、あるいは世界が霧がかかったように白濁する、ただそれだけのこと。それを絵画的だとか幻想的だと言ってありがたがっているだけのことなのね、と身を持ってわかって、可笑しくなった。

 これは実際問題、目によくないね。眼鏡のレンズもカメラのレンズもやはりマルチコーティングがよろしいようで。

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