naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: lens



 以前にコレクターの方にニコンFといっしょにいただいた、古い時代の(といっても1960年代の初めだけれど)標準の50ミリF1.4を Zf に付けてみた。Ai時代の同スペックのものとは開放の写りが明らかに異なる。いい意味で線が太くて「粗」な感じ。これはこれで悪くない。

fox2

Nikkor S-Auto 50mm f1.4 + Zf






 ヨドバシ フジサワ カメラミュージアムへ。藤沢会長のカメラコレクションを集めたミュージアム、ということで新宿駅東口からのんびり歩いて行ってみた。立派なエントランスである。でも、金曜日の夕方なのに来場者は他に誰もいない。受付の方から「どうしてここを知ったのか」と何度か尋ねられた。あまり広報をしていないらしい。
 ゲートをくぐる。……うわあ、これは、スゴい。圧倒的な物量。のみならず、のっけからそのライカコレクションの希少性に驚いた。ライカ本社にもこんなの残ってないんじゃない? と思えるほどの充実ぶりである。A型のエルマックス付、アナスチグマット付がなんと連番で。それどころか、オスカー・バルナック本人のサイン刻印がついた試作機のヌル・ライカまであった。他にも時代が下って、M3 初期型(M3 発売が1954年なので製作はその前年か前々年のもの)や、70年代のミノルタと組んで制作した CL の初期型(ズミクロン付)などなど。
 ライカコレクション以外では、なんといっても、あのアポロ11号月面着陸時のムーンカメラ、ハッセルブラッドの一台まで展示されていたのには驚いた。機種は 500ELの1969年製。付いていたレンズは Biogon 60mm f5.6。これは初耳。後で調べてみたところ、やはり NASA 専用の特殊レンズで、中古市場に流通しているDistagon 60mmとはレンズ構成が違う。

 いやあ、コレクションの質と量が凄すぎて、何時間あっても足りない。入場料3000円を高いと思うか安いと思うかだが、眼福のひとときであったことは間違いない。

hektor

Hektor 5cm f2.5 + DⅡ + XP2 400


 すっかり気に入ってしまった、ヘクトール5cmのこの写り。絞りを最小にしてもフォーカス周辺の被写界深度は割と深い。でも、遠景、近景のボケはけっこう回る。キッチリしているのに柔らかい。独特。1930年の変形トリプレット型レンズ。


moon

Nikkor-S.C 5cm f1.4 + M10-P


 50年代のニコンのSマウントレンズ、標準のf1.4。
 ゾナータイプのシングルコートは戦前のイチゴゾナー並に滲む。



滲み

Kistar 40mm f2.4 + M10-P


 Kistarを試してみた。ズミルックス35ミリを凌ぐ収差だ。




 最近は戦前(第二次世界大戦前)のレンズばかりという話の続きである。これは1937年のロシア製広角レンズ、FED 28ミリである。

 けっこうやっかいなレンズである。L39マウントなのにフランジバックが微妙に違って無限遠が出ない。ライカのカメラにマウントしても距離計は合致しない。しかたがないので、ストッパーのビスを外してみた。無限遠の位置を越えてレバーを回せばなんとか無限遠が出る。

 所有している個体には珍しく曇りがほとんどない。なのに、画面全体が独特のフレアに包まれ、周辺光量がグンと落ち、まるで収差の激しいシネレンズのような世界である。

teeth

FED 28mm f4.5 + α7S




 オールドレンズ&カメラの楽しみ方のひとつに製造年にこだわって集めるというのがある。自分の生まれた年のものを選んでバースディライカと称したりするのがまさにそれである。

 私の場合、意図的に製造年を選んで購入することはなかったけれど、結果として当時の思い出が詰まった年のものに遭遇することも多かった。例えば現在手元にあるハッセルブラッドのSWCは1979年製。高校卒業後、京都で浪人時代を過ごしていた年に当たる。今から思うと人生の最初の岐路に立っていた時のことである。

 ま、それはさておき。60年代、70年代のインダストリアルデザインが好きなので、おのずとその世代のレンズやカメラが多く集まってくるのであるが、最近は戦前(第二次世界大戦前)のものに心引かれる。ここまで古いと自分の人生のエピソードとはまるで関係なく、単なる歴史的なロマンだけなのであるが、気がつくとここ数年に購入したもののほとんどが戦前のものである。コンタックスⅡやビオゴン35ミリ、ゾナー85ミリ、ライカのエルマーやズミタールといった汎用レンズも敢えて戦前のノンコートものばかりを選んでいる。それらはもうかれこれ90年ぐらい経過しているものなので、調整してもシャッタースピードは安定しないし、レンズも曇りや傷だらけ。たまに嘘みたいに綺麗な個体に遭遇することがあって思わず買ってしまうのだが、それらはもしかしたら後の時代のものとのニコイチとか、研磨されたものかもしれない。でもまあ、それでいいのである。1930年代に造られたカメラやレンズであることの片鱗がどこかに見え隠れするだけで、気分はアガる。

contax2

 古い時代のもの、いにしえのものは、ただそれだけで美しい。こういうタイプの人間が骨董の世界に陥ったら大変なことになりそうなので、今のところはなんとか実用に使えるオールドカメラ&レンズだけに留まっているのであるが、この病気も昂じると、、

滲む

H-Zuiko Auto-S 42mm f1.2 + X-T30Ⅱ



 久しぶりの「滲み」レンズ。60〜70年代のズミルックス35ミリを初めて使ったときのことを思い出した。


 本日のタイトルは、フレア、である。といっても、またオールドレンズを買ったわけではない。ここのところずっと愛用している眼鏡(跳ね上げ式になっていて、手動で遠近両用に変えられて便利なのだ)をいつも肌身離さず、お風呂の湯船の中にまで持ち込んでいたために、所々コーティングが剥離してしまい、こうして西日の強い秋の午後に外を歩いていると、強烈に眩しいし、世界が白濁してししまうのだ。さすがにこれでは目にも悪そうなので近々眼鏡店に行ってレンズだけ入れ替えてこようと思っている。若い頃はいろんなデザインの眼鏡フレームを衝動買いしてばかりいた自分が、レンズのコーティングが剥げるまで同じフレームを何年も使い続けるようになるとは、物持ちがよくなったというか、年を取ったというか、はてさて。

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 ところで、こうして西日に向かって目を細めて歩いていて、ああ、オールドレンズのフレアってのも、ようするにこういうことなのね、ただコーティングされてないために(あるいは単コーティングのために)直射する光を防御しきれず光が乱反射したり、あるいは世界が霧がかかったように白濁する、ただそれだけのこと。それを絵画的だとか幻想的だと言ってありがたがっているだけのことなのね、と身を持ってわかって、可笑しくなった。

 これは実際問題、目によくないね。眼鏡のレンズもカメラのレンズもやはりマルチコーティングがよろしいようで。

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