naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: mountain



 数年ぶりに津軽に行ってきた。

 秋が始まろうとする時期に津軽を訪れるのはこれで三回目であるが、どこまでも続く黄金の稲穂と岩木山を借景にした空と雲の色は、何度訪れても特別な「色彩」を感じる。岩木山のシルエットは女性の横顔に似ていると言われて首を90度傾けてみたものの、山頂辺りの雲はなかなか流れず。

岩木山

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P


 今回は研究調査出張である。いくつかの資料の入手とその掲載許可をいただくために、青森、弘前、金木、芦野公園を巡った。特に青森県近代文学館、金木の旧津島家新座敷では大変有益な話を伺うことができた。この場を借りて感謝いたします。

 それにしても、太宰の『津軽』の初版本をデザインしたこんなお土産まであるんですねえ。これにはちょいと複雑な気分ですw

津軽クッキー

山の神

P.Angenieux 35mm f2.5 + M10-P


 山の神。


mt.fuji

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M10-P


 Mt.Fuji


夏山

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 夏山。




 先週の日曜日、久しぶりに山らしい山に登ってきた。奥日光の男体山。標高2486メートル。

戦場ヶ原

 朝の6時に二荒山神社を出発した。石段の先からいきなりの直登。途中一度だけ舗装された林道を経由したが、4合目からはまた直登。しかも6合目以降はガレ場ばかりのロッククライミング状態。息があがる。何度も腿を90度近く持ち上げなくてはならない。ついに9合目で右足にけいれんが来た。

 男体山。たしか30代の頃に一度登った記憶があるのだけれど、こんなにハードだったか。あれは同じ奥日光でも白根山の方だったか。それともここ20年でよほど体力が落ちてしまったのか。

 頂上はもうすぐそこなのに、これ以上どうやっても足があがらぬ。コースの端に体を寄せては何度も立ち止まる。10メートルほど先に、登りにも下りにもジャマにならないスペースを見つけた。座って両足を伸ばす。崖の真下に中禅寺湖が見える。ここでしばらく休憩。標準コースタイム超過やむなし。……目を瞑る。暖かい日差しが瞼の裏をオレンジ色に染めていく。

 「どうしました?」……涼やかな女性の声がした。気がつくとすでにその声の主はすぐ隣に座っていた。「足がつっちゃって、お恥ずかしい」「けっこうハードですもんね、この山」。でも、彼女の方は全然呼吸も乱れていない。「栄養補給にいかが?」ザックを肩から外し、中からドライフィグを出してくれる。乾燥いちじくである。

 「山にはよく?」と尋ねてみると「月に一度はどこかしらに登ってるかも」「ひとりで?」「ひとりの時もあるし、仲間といっしょの時も」……彼女はエヴィアンをふたくち飲んだ。とてもクールに。トレッキングシューズはガーモントの本格的なヤツ。グレーのパンツが赤土に汚れてしまうのも全く気にしていない。色白の横顔には汗の一粒も滲んでいない。

 それからしばらくの間、ふたりで山の話をした。登山を始めて5年。彼女は百名山の半分ぐらいはもうすでに制覇しているようだ。昨年は穂高の涸沢カールの紅葉も堪能したらしい。「ときどき、うんざりしちゃうんですよね」「……?」「言葉だけでなにかを決めたり、なにかが出来たような気になったりすることに」「……で、山に来る」「……こういう景色を見たかったら」「……見たかったら?」「自分自身の足でそこまで行かなくちゃ。自分だけの力で。でなきゃわたしたちにその権利はないと思う」

 ゆっくりと瞼を開ける。眼下に中禅寺湖。

眼下

 視界を右手にパンしていくと、今度は戦場ヶ原が見えてくる。昔、あそこで男体山の神様が赤城山の神様と戦って勝ったのだ。頂上にある剣はその時のシンボルなのだろうか。

 さあて、あと少し。「自分だけの力でそこまで行かなくちゃ、権利はない、か」……そう反芻しながら、腰を上げた。右足のけいれんもようやく収まった。仲間たちが頂上からこちらに手を振ってくれている。早く来いと手招きしている。でも、さっきまで隣にいてくれた彼女の姿はどこにも、ない。すでに森林限界を超えて、白いズミの花も咲いていない。春蝉の声も遙か彼方だ。

all photos taken by GRⅡ



 4年ぶりの鹿児島である。人工知能学会全国大会@城山観光ホテル。

 宿は、ちょっと遠いけどやっぱり今回もサンロイヤルホテルにした。理由は3つ。桜島一望の展望温泉があること、向田邦子さんが「鹿児島感傷旅行」で泊まった宿であること、あとは、すぐ近くに、ざぼんラーメン与次郎本店があること、であろうか。

 ホテルのHPにも記載されているが、向田邦子さんの『眠る盃』には以下のように書かれている。

 桜島といえば、サン・ロイヤルホテルの窓から眺めた
 夕暮の桜島の凄みは、何といったらよいか。
 午後の太陽の光で、灰色に輝いていた山脈が、
 陽が落ちるにつれて、黄金色から茶になり、
 茜色に変わり、紫に移り、墨絵から黒のシルエットとなって
 夜の闇に溶けこんでゆく有様は、
 まさに七つの色に変わるという定説通りであった。


 早朝、ホテルから歩いてすぐの長水路コースを散策する。すでに鹿児島は梅雨入りしていて、桜島がその全貌を現すことはないけれど、この季節ならではの幻想的な姿である。

長水路

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P

 ホテルはここ4年でずいぶんと年期が入ってきたようだ。さて、自分はどうだろう。4年前の自分と今の自分。変わらないのは桜島だけ? 向田邦子さんはこんなふうにも言っているけれど。

 あれも無くなっている、これも無かった―
 無いものねだりのわが鹿児島感傷旅行の中で、
 結局変わらないものは、人。
 そして生きて火を吐く桜島であった。


富士見

M Rokkor 90mm f4 + M9-P


 富士見。


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