naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: camera



 昨日に続いて、ローライフレックスである。たぶん、すべてのカメラの中で僕はローライフレックスが一番好きなのかもしれない。ハッセルよりも、そしてライカよりも。

 なんだかやっぱりシャレているのである、ローライフレックス。シャッターの感触が柔らかい。大仰な音などいっさいしない。そして、基本はウェストレベルファインダーなので、相手の顔を直裁に見つめる無粋からも解放される。ゆえに、ポートレートに最適。

 1959年のボサノヴァの名曲、ディサフィナード。この歌の中でローライフレックスのことが語られているのは有名なお話。1959年だと、ここで歌われているローライフレックスは2.8Eか3.5Eあたりだろうか。

 Fotografei você na minha rolleiflex.

 今日はこの名曲を、ナラ・レオンの声で聞きたい気分である。冬と春を飛び越えて。……ボサノヴァの歌詞を味わうためだけにポルトガル語を勉強するのも悪くないかも。ちなみに、ローライフレックスのポルトガル語の発音は「ホーレイフレックス」。





 

 ここ何ヶ月もモノを買っていない。物欲がないのか、いや、そもそもお金がないのである。というか、あれやこれやで出費がかさんで、自分のモノを買うのにお金が回ってこないのである。働けど働けど、自分以外の用途ばかりにお金は消えていく。働けど働けど、税金ばかりが増えていく。トホホである。
 さて、十二月。世の中、ボーナスの支給時期である。景気がいいのかプチバブルなのか、街に出るとどこの店も繁盛している。便乗してちょっと浮かれた気分にならないことも、ない。

 で、買ってしまったのである。せめてなにかひとつぐらい自分へのご褒美を、ということで。自分よ、一年間おつかれさま。
 だって、ついに見つけてしまったのだから。戦前のベビーローライ。しかも最初期のモデル410。もちろん今までにも何度か見かけたことはある。新宿の路地裏の中古カメラ店で、あるいはウィーン郊外の老舗のカメラ店で。(あの時は店主にドイツ語でいろいろ説明をされたけどさっぱりわからなかった)でも、どれもこれも状態が悪くて買う気にはなれなかった。仕方あるまい。なにせ1931年製造のカメラなのだから。
 それが、ついに。……オリジナルの状態でこんなにきれいなものは後にも先にも見たことがない。作動もしっかりしてるし(スローガバナーもいい音を立ててきっちり一秒を刻んでいる)、レンズも、さすがに曇りはあるけれどスレ傷ひとつない。奇跡である。こんな機会は二度と訪れることはあるまい。取り置きを頼んで、すぐに近くのコンビニでお金を下ろした。四万円。

baby rollei

 拝啓 名取洋之助様。あなたが1930年代のドイツでお使いになっていたであろうベビーローライをついに手に入れました。なんて美しいデザインなんでしょう。Rolleiflexのクラシックな書体がとても優雅ですね。ホレボレいたします。

 さあてと。このカメラにベスト版のネガフィルムを詰め、冬の街に出かけることにいたしましょう。

秋山

Elmar 5cm f3.5 L + Ⅱf + APX400


 久しぶりに印画紙に焼いてみる。




 フィルムカメラが好きである。4Kデジタルカメラが当たり前の時代になっても、相変わらずフィルムカメラが好きである。たぶん、自分にとってそれはクロッキー帳みたいなもので、ひとりで旅をしているとき、あるいは日常の散歩のとき、気になった情景をペンシルを手に紙にさらさらっと描いてみる。そんな感覚でフィルムを巻き上げ、シャッタースピードと絞りを決めて、フレームだけのファインダーを覗き、ゆっくりとシャッターボタンを押すのだ。

 ゆえに、このクロッキー帳は、どこに行くにも鞄の中に気楽に入れられるサイズでなくてはならない。そのうえで、手に持ったとき、しっくりとくる重さと形状でなくてはならない。

 ということで、35ミリフィルムカメラならば、レンジファインダーのライカ、それもM型ではなくバルナックライカがやはり最適なのではないかと思うようになる。それも、微妙に一回り(2−3ミリぐらい)サイズが小さくて、微妙に(20グラムぐらい)重めの初期の板金タイプのものがいいと思うようになる。板金タイプと言えばDⅡやDⅢ。黒塗りの象嵌にニッケルタイプのレンズを付けるのが定番だけれど、あれはさすがにクラシック過ぎる。通常のクロームタイプの方がいい。となると、行き着く先はⅢaかⅢb。

 ところで、M型ライカになくてバルナックライカにあるものが視度調節レバー。近視で眼鏡越しにファインダーを覗く者にとってこれはまことにありがたい。二重像がキリリと引き締まるのである。で、その視度調節レバーがフォーカシングファインダーに付帯しているのがⅢa。Ⅲb以降は巻き戻しレバー側に移る。フォーカシングファインダーとフレームファインダーは近い方がもちろん便利なんだろうけど、デザイン的には視度調節レバーがファインダーに付帯したⅢaの方が格好いいと思う。

Ⅲa

 さて、手元にあるⅢa、シャッタースピードダイヤルの形状がなんだか怪しい。底蓋にも明らかに修繕した跡が見られる。でも、その分、戦前のライカとは思えないくらい美品だしハーフミラーも交換されている。実用だから詳細な時代考証にこだわる必要はない。このサイズと重さの絶妙のバランスさえ担保されていれば、我が理想のクロッキー帳となるのである。


 
 高校二年生の時、お小遣いをはたいてこのカメラを買った。オリンパスのOM−1。

om-1

 修学旅行に持っていった。場所は奈良と小豆島である。高校二年生の分際で、この一眼レフカメラはちょいと自慢だった。ファインダーがいい。シャッター音が大人びている。撮ったのは奈良の鹿ぐらいだったろうけれど。

 このカメラを持って、棲んでいた街から何度か脱走を試みた。行き先は京都だったり、東京だったり。

 高校三年生の時、シルヴィ・バルタンのコンサートに持参したのもこのカメラだった。場所は新宿の厚生年金会館。あのイエイエガールが、ラスベガスのディナーショーに出てくるエンターテイナーみたいになっていて愕然とした。でも、故郷を偲ぶこの曲をメランコリックに唄っているときだけはレコードで聞いていたときのシルヴィが蘇った。小さい頃からずっと聞いていたのだ。9歳年の離れた姉の本棚にはシルヴィのEPレコードが何枚か立てかけてあった。





 一泊して、翌日、鎌倉に行った。鞄の中には倉橋由美子の「暗い旅」。OM−1で由比ヶ浜通りや極楽寺あたりをたくさん撮った。残念ながらその時のネガは見つからない。

 かれこれ40年近いカメラ遍歴の出発点は、このカメラにあったように思う。オリンパスOM−1。



 若い頃からオールドカメラ&レンズフリークである。ライカ、ローライ、ハッセルの御三家を中心に、20年ぐらいかけてコツコツ買い集めた。今に比べればまだまだリーゾナブルな金額だったし。そして、次のお目当てが欲しくなれば、手持ちのいくつかを売りに出し、の繰り返し。株と同じ。

 でも、ここ10年ぐらいはその体力も財力(というか投機力)もないので、新しく買うものといえば、安価な1万円以下のロシア製や旧東ドイツ製、国産のものに限られる。

 で、改めてゾルキーなのである。Zorki。ロシアのライカコピーカメラ。このタイプは1977年製。レンジファインダーの最終形。ライカのバルナックとM型のいいとこ取りをしている。シャッターダイヤルはM型同様、高速・低速一体型。フィルム装填も簡単。でも、M型からは省略されてしまった視度調整ダイヤルは残されている。そして、ファインダーの倍率が等倍なのである。M3みたいに。

zorki

 ロシア製は個体差が、とはよく言われることだが、このモデルなら精度もしっかりしている。巻き上げのコマ間も安定しているし、シャッターも低速から高速までしっかり動く。造りだって堅牢。きれいな美品でも1万円を超えることはない。50ミリの標準レンズを付けても2万円以下。ジュピター50ミリはコンタックスのゾナーコピーなので写りも秀逸。

 ゾルキー。「鋭い視線」という意味だそうだ。昔、ドイツとソ連の二重スパイにゾルゲという人物がいたが、ゾルゲもまたゾルキーを使っていたのだろうか?



 ま、今の世の中、大概のことは検索すれば情報が出てくる。

 例えば、この昔のオリンパスペン用のズイコーレンズ。リアキャップがなかなか見つからない。見つかっても数千円の値段がついていたりして、それならこの100ミリのレンズがもう一本買えてしまう。で、検索してみると、こんな情報がヒットする。明治乳業の瓶のプラスチックの蓋がドンピシャのサイズですよ、と。

珈琲牛乳

G-Zuiko Auto-S 40mm f1.4 + E-P5


 で、さっそく、近所の老舗の食品店に行ってみると、ありました。明治のコーヒー牛乳。銭湯の湯上がりに飲みたくなるヤツです。一本100円。ゴクゴクと飲み干してキャップの蓋を洗ってレンズのリアに填めてみると、はい、確かにドンピシャリ。

 100円で懐かしのコーヒー牛乳が飲めて、これで古いペン用のレンズも後玉を傷つけることなく保管することが出来るようになりました、というお話。



 ハッセルブラッドの500シリーズは、やはり初期型の500Cがいい。一般的に使いやすいのはスクリーン交換が可能になった500C/M以降であろう。(70年代の過渡期にはスクリーン交換可能な500Cというイレギュラーなものも出回っていたようだけれど)でも、定番の500C/Mも新し目の503CWもいろいろ使ってみたけれど、メカとしていちばん優れていると感じるのはやはり初期型500C。クラシックなフォーカシングスクリーンのあの暗さがかえって雰囲気があるし、シャッター音もそれ以降のモデルとは微妙に違う(ような気がする)。で、このボディに合わせるとなると、マガジンもやはり旧型となる。

 1957年製なのに(つまりは500Cが誕生した年)珍しくコンディションのいい旧型マガジンを見つけた。しかも16枚撮りの645判タイプ。巻き上げクランクを反対側に動かすとカウンターの数字が1にリセットされる。その時の音がいい。赤窓部分のカバーデザインが美しい。

 今時、わざわざ旧型のマガジンを探している輩なんてあまりいないのであろう、新しいタイプのものより格段に値段も安かった。テレンプやモルトが痛んでいて光線漏れが起きやすいからかもしれない。でも、そんなのはすぐに修理できる。

 このバックショットに惚れ込んでしまったのである。クラシックカメラは美しくなければ意味がない。

500c




 マニアックなカメラはベビーローライで打ち止めのつもりだったが、それにさらに輪をかけたものを見つけてしまった。同じ127フィルム(絶滅危惧種である)使用のヤシカ44。ベビーローライとデザインが瓜二つということで訴訟問題になった曰く付きの国産二眼レフである。今回購入したのはその廉価版。44Aという機種だ。たぶん1961年製。レンズがきれいなものを奇跡的に発見。格安。1万円以下。

44A


 これ、廉価版だけあって造りがかなりシンプルである。テイクレンズ、ビューレンズともに外枠にバヨネットが付いていない。シャッタースピードは1/25、1/50、1/100、1/300のみ。スローシャッターなし。巻き上げとも連動せず。それどころかフィルムカウンターすらないので、巻き上げるたびに赤窓を開いて枚数表示を確認しなくてはならない。昔は低感度のフィルムだけだったので、裏紙のついたフィルムで赤窓越しならば露光しないということか。

赤窓


 この二眼レフに低感度のベスト版フィルムを装填して、暗いファインダー越しに黄色に染まった銀杏並木を眺めやる。もちろんモノクロなので鮮やかな黄色は写らない。シャッターをカチリと切る。シンプルだけどきちんと作動している。たぶん同い年のカメラである。



 インスタグラム。以前は使っていた時期もあったが、ここまで流行ると敬遠だ。けれど、あの正方形はいい。人間の視界とは別物。ちょっと違和感、だからモダン。
 でも、あの正方形、なにも今に始まったことではない。フィルムカメラをやってきた人間にとっては馴染みの形なのである。120の中判フィルムを6×6のフォーマットで。ハッセルブラッドしかりローライフレックスしかり。
 だから私は、正方形の写真はフィルムで撮り続ける。ところが、最近はローライフレックスを首からぶら下げた若きカメラ女子なんかもけっこういるわけで、ここはもうひとひねりしないことには気が済まぬ。あまのじゃくの沽券にかかわる。というわけで127のベスト版4×4なのである。つまりはベビーローライ、なのである。

babyRollei

 我が尊敬する名取洋之助が愛用したベビーローライ。彼が使っていた戦前のタイプは軽量だしローライの原点のようなデザインなのだが、1930年代のもので程度のいい個体はほとんど残っておらぬ。ここはやむなく戦後のタイプで我慢する。ということで1963年製ブラックタイプのベビーローライで撮った写真がこれ。ローライナーを付けて接写。クセナーの写りはとても柔らかい。

queen

Xenar 60mm f3.5 of Baby Rollei + ReraPan 100

 けれど、127のベスト版フィルムなんて今では完全な絶滅機種。北海道の専門店から取り寄せる以外入手できないし、スプールが厚めだとフィルム送りもままならぬ。スキャンしてデジタルデータ化するにしても専用のフィルムアダプターなんぞ市販されているはずもない。時代に抗うあまのじゃくはかなり疲れるのである。でも、このベビーローライ、たまらなく可愛いのである。
 
*名取洋之助の「写真の読みかた」は今読んでもとてもタメになります。お薦めします。

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