naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: camera



 オールドカメラ&レンズファン歴も、かれこれ四十年。かなりヘンクツなタイプなので、二眼のローライも、他の人が持っていない(実用性がなくて持とうとも思わない)ものばかりが手元にある。(値段も安かったし、、)
 例えば、ベビーローライばかりが三台もあるのだ。127フィルム専用である。大丈夫、今でもちゃんと127フィルムは手に入る。現像を引き受けてくれる店もある。スキャンするときのフィルムフォルダーも自作した。
 所有しているのは、まずは、戦後のベビーローライ。ただし定番のグレーではなくブラックタイプ。1963年製。レンズはクセナー。それに加えて戦前のものが二台。一台目は最初期のtype1、1931年製。ロゴがクラシックでとにかく格好いい。ローライスタンダードの原型となったデザインだ。レンズはテッサーのf3.5。そしてもう一台は、通称スポーツと呼ばれるtype4で、1938年製。ロゴが浮彫になった。こちらは同じテッサーでもf2.8。
 完璧な写りを狙うときは戦後のものを使う。でも、これ、けっこう重くて680グラムもある。サイズはノーマルなローライに比べれば小さいが、重さはローライコードとたいして変わらない。で、最近は戦前のものを持ち出すことが多い。type1は490グラム、type4でも540グラム。35ミリのカメラよりもコンパクト。でも、4×4判だから解像度は圧倒的に高い。
 とはいえ、さすがにどちらも1930年代のもので、レンズのコーティングも痛んでいるし、フィルム装填も赤窓で番号を確認するタイプ。取り扱いはかなりやっかいではあるが、古い時代のテッサーはシャープさの中に柔らかさがあって、デジタルでは再現できない妙な「色気」を感じる。

 カバンの片隅に戦前のベビーローライをちょこんと忍ばせての散歩が好きである。

幹

Tessar 60mm f2.8 of Baby Rollei type4 + rerapan400



 最近は、とんとオールドカメラ&レンズを購入する機会もなくなったが(ライカを筆頭に値段が高騰しすぎで手も足も出ない)、アクセサリーの類いだけは細々と集め続けている。特に外付けファインダー。ライカもツアイスも、はたまたフォクトレンダー名のコシナのも、みんな工芸品のような造りであり、そしてなにより、覗いた時の世界の見え方がカメラに内蔵されたファインダーとは別格なのである。シャッターを切る必要を忘れてしまうくらい、ただただファインダー越しにこのまま世界を眺め続けていたい気分になってしまう。

 でも、ローライのような二眼レフだけは別。二眼の良さは、あの上から覗く左右逆転のウエストレベルファインダーにある。それをわざわざプリズムファインダーに取り替えて、というのは今まで発想したこともなかったのだが。

 馴染みの中古カメラ店で、かなりきれいなプリズムファインダーを見つけてためしに付けてみたところ、これがまあ、よく見えるのである。大きなスクリーンでビシッとピントを合わせられるのだ。やっぱり正像はいい。

 金属のカタマリでかなり重いし、デザインも頭でっかちのツッパリヘアースタイルみたいなのだけれど、それはそれでまたカワユクもあり、ということで、このところプリズムファインダーにすげ替えたローライ3.5Fがお気に入りなのである。

rollei

Dallmeyer 1inch f1.8 + E-PM1


ベス単

momo100 + α6000


 現代版ベス単フード外し。




 久しぶりにカメラの話である。

 ええっと、ライカにはちょっと飽きてしまった、なんて、恐れ多くて絶対に言えないのだけれど、例によってあまのじゃくなワタクシとしては、最近は、ライカの永遠のライバルだったツアイス、コンタックスの方にばかり惹かれるのである。

 戦後のモデルで比較的使いやすいと言われているコンタックス Ⅱa でさえ、持ちにくいし、シャッター音はうるさいし、距離計を合わせるダイヤルをコリコリ動かしていると指が痛くなってくるし。カメラ全体の洗練度はライカに比べると確かに落ちる。でも、縦走りのシャッターはシャキーンとしているし、付けるレンズのゾナーも、ズマールやズミタールよりも明るくてクリア、カラーでプリントすると明度も高い。悪くない、と思う。

 で、コンタックス。極めるなら、戦前の最初のモデルであるブラックコンタックス、通称ブラコンまで行き着くべきであろう。現在、程度のいいものをアレコレ物色中。幸いライカに比べればお値段はぐっとリーゾナブル。12月のボーナスのほとんどは教育費やら修繕費やら税金等に露と消えそうな状況の中、せめて、数万円(5万円未満です)ぐらい自分のために使ってもいいよね? (と、誰に向かって言っているんだろう)

 ちなみに、これは Ⅱa の後塗りブラック。偽ブラコンでございます。

contax




 iPhone 11を買った。5Gに対応するのは来年以降、今年のiPhoneは目立つ新機能もないということで、マーケットはやや買い控えムード。でも、そう言われると、逆に買いたくなってしまうのがあまのじゃくの性でして。
 ウリはカメラだけ? じゃあ、デジカメとして買いましょう。デュアルレンズ、おお、魚眼レンズ並みに撮れる。そして、画質も繊細だ。フィルタリングの人工的な効果とはいえ、ポートレートモードでボケもここまで演出できる。

portrait mode

iPhone 11 portrait mode


 もう単体のデジカメはいらないかも。でも、標準のカメラアプリだとアスペクト比 3:2 が選べない。のでプロ仕様のアプリ、ProCamera をインストールした。これでシャッタースピードとISOの設定もマニュアルで出来る。ま、iPhone のレンズ自体は絞りは固定なので、こうした浅い絞りも所詮はギミックでしかないんだけれど、アート風記録用写真はこれで十分。

 これからは心置きなく iPhone 11 とフィルムカメラだけで旅に出られそうだ。



 昨日に続いて、ローライフレックスである。たぶん、すべてのカメラの中で僕はローライフレックスが一番好きなのかもしれない。ハッセルよりも、そしてライカよりも。

 なんだかやっぱりシャレているのである、ローライフレックス。シャッターの感触が柔らかい。大仰な音などいっさいしない。そして、基本はウェストレベルファインダーなので、相手の顔を直裁に見つめる無粋からも解放される。ゆえに、ポートレートに最適。

 1959年のボサノヴァの名曲、ディサフィナード。この歌の中でローライフレックスのことが語られているのは有名なお話。1959年だと、ここで歌われているローライフレックスは2.8Eか3.5Eあたりだろうか。

 Fotografei você na minha rolleiflex.

 今日はこの名曲を、ナラ・レオンの声で聞きたい気分である。冬と春を飛び越えて。……ボサノヴァの歌詞を味わうためだけにポルトガル語を勉強するのも悪くないかも。ちなみに、ローライフレックスのポルトガル語の発音は「ホーレイフレックス」。





 

 ここ何ヶ月もモノを買っていない。物欲がないのか、いや、そもそもお金がないのである。というか、あれやこれやで出費がかさんで、自分のモノを買うのにお金が回ってこないのである。働けど働けど、自分以外の用途ばかりにお金は消えていく。働けど働けど、税金ばかりが増えていく。トホホである。
 さて、十二月。世の中、ボーナスの支給時期である。景気がいいのかプチバブルなのか、街に出るとどこの店も繁盛している。便乗してちょっと浮かれた気分にならないことも、ない。

 で、買ってしまったのである。せめてなにかひとつぐらい自分へのご褒美を、ということで。自分よ、一年間おつかれさま。
 だって、ついに見つけてしまったのだから。戦前のベビーローライ。しかも最初期のモデル410。もちろん今までにも何度か見かけたことはある。新宿の路地裏の中古カメラ店で、あるいはウィーン郊外の老舗のカメラ店で。(あの時は店主にドイツ語でいろいろ説明をされたけどさっぱりわからなかった)でも、どれもこれも状態が悪くて買う気にはなれなかった。仕方あるまい。なにせ1931年製造のカメラなのだから。
 それが、ついに。……オリジナルの状態でこんなにきれいなものは後にも先にも見たことがない。作動もしっかりしてるし(スローガバナーもいい音を立ててきっちり一秒を刻んでいる)、レンズも、さすがに曇りはあるけれどスレ傷ひとつない。奇跡である。こんな機会は二度と訪れることはあるまい。取り置きを頼んで、すぐに近くのコンビニでお金を下ろした。

baby rollei

 拝啓 名取洋之助様。あなたが1930年代のドイツでお使いになっていたであろうベビーローライをついに手に入れました。なんて美しいデザインなんでしょう。Rolleiflexのクラシックな書体がとても優雅ですね。ホレボレいたします。

 さあてと。このカメラにベスト版のネガフィルムを詰め、冬の街に出かけることにいたしましょう。

秋山

Elmar 5cm f3.5 L + Ⅱf + APX400


 久しぶりに印画紙に焼いてみる。




 フィルムカメラが好きである。4Kデジタルカメラが当たり前の時代になっても、相変わらずフィルムカメラが好きである。たぶん、自分にとってそれはクロッキー帳みたいなもので、ひとりで旅をしているとき、あるいは日常の散歩のとき、気になった情景をペンシルを手に紙にさらさらっと描いてみる。そんな感覚でフィルムを巻き上げ、シャッタースピードと絞りを決めて、フレームだけのファインダーを覗き、ゆっくりとシャッターボタンを押すのだ。

 ゆえに、このクロッキー帳は、どこに行くにも鞄の中に気楽に入れられるサイズでなくてはならない。そのうえで、手に持ったとき、しっくりとくる重さと形状でなくてはならない。

 ということで、35ミリフィルムカメラならば、レンジファインダーのライカ、それもM型ではなくバルナックライカがやはり最適なのではないかと思うようになる。それも、微妙に一回り(2−3ミリぐらい)サイズが小さくて、微妙に(20グラムぐらい)重めの初期の板金タイプのものがいいと思うようになる。板金タイプと言えばDⅡやDⅢ。黒塗りの象嵌にニッケルタイプのレンズを付けるのが定番だけれど、あれはさすがにクラシック過ぎる。通常のクロームタイプの方がいい。となると、行き着く先はⅢaかⅢb。

 ところで、M型ライカになくてバルナックライカにあるものが視度調節レバー。近視で眼鏡越しにファインダーを覗く者にとってこれはまことにありがたい。二重像がキリリと引き締まるのである。で、その視度調節レバーがフォーカシングファインダーに付帯しているのがⅢa。Ⅲb以降は巻き戻しレバー側に移る。フォーカシングファインダーとフレームファインダーは近い方がもちろん便利なんだろうけど、デザイン的には視度調節レバーがファインダーに付帯したⅢaの方が格好いいと思う。

Ⅲa

 さて、手元にあるⅢa、シャッタースピードダイヤルの形状がなんだか怪しい。底蓋にも明らかに修繕した跡が見られる。でも、その分、戦前のライカとは思えないくらい美品だしハーフミラーも交換されている。実用だから詳細な時代考証にこだわる必要はない。このサイズと重さの絶妙のバランスさえ担保されていれば、我が理想のクロッキー帳となるのである。


 
 高校二年生の時、お小遣いをはたいてこのカメラを買った。オリンパスのOM−1。

om-1

 修学旅行に持っていった。場所は奈良と小豆島である。高校二年生の分際で、この一眼レフカメラはちょいと自慢だった。ファインダーがいい。シャッター音が大人びている。撮ったのは奈良の鹿ぐらいだったろうけれど。

 このカメラを持って、棲んでいた街から何度か脱走を試みた。行き先は京都だったり、東京だったり。

 高校三年生の時、シルヴィ・バルタンのコンサートに持参したのもこのカメラだった。場所は新宿の厚生年金会館。あのイエイエガールが、ラスベガスのディナーショーに出てくるエンターテイナーみたいになっていて愕然とした。でも、故郷を偲ぶこの曲をメランコリックに唄っているときだけはレコードで聞いていたときのシルヴィが蘇った。小さい頃からずっと聞いていたのだ。9歳年の離れた姉の本棚にはシルヴィのEPレコードが何枚か立てかけてあった。





 一泊して、翌日、鎌倉に行った。鞄の中には倉橋由美子の「暗い旅」。OM−1で由比ヶ浜通りや極楽寺あたりをたくさん撮った。残念ながらその時のネガは見つからない。

 かれこれ40年近いカメラ遍歴の出発点は、このカメラにあったように思う。オリンパスOM−1。

このページのトップヘ