ホテルから歩いてすぐの大通りでバスを待っていたのに、どれもこれも行き先が違う。尋ねてみると、セントラル行きの停留所は別の通りにあると言う。ホテルに戻りコンシェルジュに地図を書いてもらうことにした。「わたくしどもの敷地の中を抜けていってください、シニョール、その方が近道ですから」……シニョール? どうやらここはイタリアのどこかの街らしい。

 ところが、地図に書かれてあった抜け道をたどっていくと(それは、ホテルの棟と棟との間の細い道を指している)、途中に大きな岩が置かれてあって、no enterの立て看が添えられている。いい加減なことを言うコンシェルジュだ。

 バスになんか乗らなくとも、自分だけなら何の問題もない。歩いてもせいぜいが30分ほどの距離なのだから。でも、今回は母親連れ。母親は脚が悪いのだ。

 部屋に戻ってバス停が見つからなかったことを母親に告げると、「そんなこと、構やしない」と彼女は言った。「あたしはあんたといっしょにいられさえすればそれでいいのだから」と彼女は言った。「あんたに旅行に連れてきてもらうなんて何年ぶりのことだろう?」「でも、ピンチョの丘とか、スペイン階段とかに行ってみたいだろ?」と私が言うと(どうやらここはイタリアの、しかもローマの街らしい)、「そんなの、ぜんぶここから見えるさ」、そう言いながら彼女が部屋の窓のカーテンを乱暴に開け放すと、たしかにそこから、ローマの街のすべてが見渡せた。私は窓の外に上半身をせり出すと、深呼吸ともため息ともつかぬそぶりを見せる。

 「相変わらず、秋が嫌いかい?」と彼女が私に尋ねている。「こんなに空気が澄んでいるのに、こんなに空が高いのに、こんなに木々の色がきれいなのに?」「……ああ、だって、あとにはもう、冷たい冬しか残っていないからね」と私は答える。それを聞いて「まだ生きているくせに、生意気を言うんじゃない」と彼女は言った。……死んだ母親は、そう言った。

 という夢を見た。

rome

Summilux 35mm f1.4 + M9−P