naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: life



 まあ、100%あり得ないことだけれども、自分がこの先万が一にも富裕層にでもなって何不自由なくお金を使えるようになったとしたら、いったい何を手に入れたいだろう。……そう考えてみるのは悪いことではない。自分が最も欲しいものとは何なのか、自ずと分かってくるはずだから。
 さて、何を買いましょうか? 高級腕時計? 車はスポーツカーかヴィンテージカー? 高級マンションあるいは海辺の別荘? ヨットや自家用ジェットは? ……ま、それらの中のいくつかはあってもいいけど、さほど食指は動かない。

 世の中のほんとうの大金持ちが究極望んでいるものは何なのだろう? すでにあらゆる物品を手中にした者が最後に望むもの。それは、おそらく不老不死ではないだろうか。
 『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の次作『ホモ・デウス』を読んでいて、なるほどと思った。有史以来すべての生きとし生けるものは、不老不死なんて荒唐無稽な夢物語に過ぎないと諦めていたが、昨今のバイオテクノロジーとAIの劇的な進化によってここ数十年のうちにそれが実現しうると予測する科学者もいる。ここに来て、人間は「神」になってしまう可能性だってあるのだ。ただし人数限定。巨大な権力と巨額のお金を持っている人のみ不老不死の切符が手に入る。

 さて、話を戻して、自分がこの先万が一にも富裕層にでもなって何不自由なくお金を使えるようになったとしたら、いったい何を手に入れたいだろう。自分が最も欲しいものとは何なのか。
 自分なら、どんなに大金持ちになろうとも不老不死なんていらない。永遠に生き続けるなんてまっぴらご免だし、自分の肉体や頭脳だけ若返っても意味がない。でももしも、この世界全体の時間を巻き戻せることができたなら、過去の自分と過去の世界にタイムマシーンで戻れる切符が手に入るのなら、自分は惜しげもなく全財産を使い果たすのではないだろうか。究極のゼイタクとは、過去を取り戻すことだと思うから。過去は未来なんかよりもずっとずっとゼイタク品だと思うから。
 VRやAR技術の進化で、過去の時間にタイムスリップしたような幻視体験はできるようになるかもしれないが、この先、どんなにテクノロジーが進化しようとも「時」を自在に制御することだけはまったくめどがたっていない。



 
ふみよめば 繪を巻きみれば かにかくに 昔の人の しのばるるかな


上田秋成


願い事

Summar 5cm f2 + Ⅲa + Acros100



 文庫になったので、遅ればせながら内館牧子さんの「終わった人」を読んだ。

 五十代後半の我々世代にとって、ほんとうに身につまされる小説である。あと数年で定年を迎える知人たちも、今、みんなとても悩んでいる。スッパリ六十歳で辞めるか、給料半額以下になっても五年間の定年延長を選択するか。あるいは、子会社に転籍して数年間は給料据え置きを狙うか。

 自分もサラリーマンを辞める際には苦悶する日々が続いたが、若い頃から、二者択一で悩んだときにはいつも次のような価値判断で岐路を選択して来たように思う。

 それは、リスクはあろうとも、現状維持で待つよりは動いた方がゼッタイにいい、ということ。そして、常に新しいことにチャレンジする方に賭けた方がいい、ということ。「変わる」ことを積極的に選択すべし。かつてヴィスコンティ監督の映画の中で「変わらないために変わる」なんて台詞があったけれど、そんな貴族の矜持めいたものはさっさと捨てて、あるいは、心の奥底にひた隠しに隠して、ストレートに「変わるために変わる」道を選んだ方がいい、ということ。

 でも。改めて思い返してみると、自分の場合は「手に職」とまではいかないまでも、それでも専門的な技量や知識・人脈が得られる職場環境に恵まれていたからよかったものの、ずっと営業畑や管理畑に所属していた人(そして、彼らこそが会社の屋台骨を支えてきてくれたのだ)にとっては、五十代後半からの転職や起業はかなり大きなリスクを伴う。同等の給料を支払ってくれる会社などまず見つからない。大企業のマネジメント職というのは、その後、なんともツブシが効かない人種になってしまうのである。メチャクチャ優秀なのに、ただ単に派閥争いに負けたというだけで「終わり」になる。自分が直接闘って敗れたのならまだしも、自分の上司が敗れたというだけで。この本の中にも出てくるが、サラリーマンとは他人にカードを握られた人生なのだ。

 小説「終わった人」の主人公もまさしくそれで、東大法学部卒メガバンク入行、エリート街道まっしぐら、役員手前まで行ったものの最後は子会社に出向になり定年を迎える。仕事で「成仏」できなかった反動からか、新興のIT企業の顧問を引き受け、その後、巨額の個人資産を失うはめになる。長年連れ添った妻に三行半を突きつけられるが、それでも彼は以前よりも晴れ晴れとしている印象を受ける。無為な年金生活を送るより、数千万スッてでも、動かないよりは動いた方がマシ、ということか。

 それにしても、内舘牧子さんはどうしてこんなにも男性心理が手に取るようにわかるのであろうか。さすがである。最後の方で、娘が離婚危機の両親に向かって(特に母親に)吐く台詞がメチャクチャ格好良かった。

 あと、この小説には石川啄木の詩が通底している。主人公が盛岡出身なのだ。啄木ファンとしても十分楽しめる小説である。

 映画も上映されているみたいだし、見てみよう。主人公の舘ひろしが恋心を抱く久里さん役は広末涼子。




 仕事で一年ぶりの札幌。

 若い頃から札幌に憧れていた。たぶんこの詩のせいである。吉井勇。

吉井

 家の中庭に、あるいは部屋のベランダに、ライラックの花を飾りひとときの輝かしい日々を楽しむ人々。……人生はかくありたし。この詩碑は大通公園にある。

 さて、今年も札幌の大通公園では、短い夏を愉しむための準備が着々と進んでいるようだ。

jazz fes

ZUIKO Auto-W 24mm f2.8 + α7s



 5月19日。今日は亡父の誕生日である。大正14年(1925年)生まれなので、生きていれば今年93歳である。

 父親が死んだ時、自分はまだ36歳で平成7年生まれの長男は2歳にもなっていなかった。だからまだ自分自身は親らしい自覚もないままに父親を亡くしてしまったことになる。彼がもう少し長生きしてくれていたら、お互いに親の立場での会話が出来たのにと思う。いろんなアドヴァイスをもらえただろうにと思う。

 個人事業主としてずっとひとりで家族四人を養い続けてくれた父親。自分も遅まきながらサラリーマンを辞めたので、フリーで生きていくことがどれだけ大変なことか今では身に染みてよくわかる。でも、だからこそ、彼は生涯現役で自分の生業にこだわり続けることができたのだろう。晩年になっても、やることがなくてぼんやり惰性で過ごしている姿なんか一度も見たためしがなかった。格好よかったなあと思う。いつも自分なりの強い意志と実行力があった。そして、子どもたちの自由を誰よりも応援してくれた父親。

 でもねえ、親というのは、やっぱりナカナカに大変な役柄ですね。……そんな本音話をあなたとじっくり話してみたかったです。いろいろ愚痴も聞いて欲しかったし。男同士の、ね。

花

Xenotar 80mm f2.8 of Rolleiflex 2.8E + Portra400



 キャリアデザインは自分の専門ではないが、2016年に出たこの本は衝撃的だった。以来、何度も読み返している。

ライフシフト

 50歳の時、自分たちの世代ですらもう従来の3ステージ型の人生設計ではダメだと覚悟を決めた。ちょうど震災の年でもあった。その頃すでにこの本が上梓されていたら、自分が何を為すべきだったのかについてもっと明確に認識できていたのにと思う。

 45歳を過ぎた頃から、広告分野以外の人脈をつくろうと躍起になっていた自分を思い出す。今までに培ってきた専門性にこだわりつつも、それを他の分野に広げていくための糸口をずっと模索してきたように思う。そのために何が必要なのか。2016年になってこの本を読んで、そのあまりに明解なネーミングに膝を打ったものである。「変身資産」……なるほど、自分が当時、必死になって養おうとしていたのはこれだったのか、と。

 「ライフシフト 100年時代の人生戦略」。改めて読み返してみるとそこにはこんなふうに書いてある。

 行動の仕方やものの感じ方だけでなく、ものの知り方を変えるとき、そう、なにを知っているかだけでなく、どのように知っているかを変えるとき、変身は起きる。

 そのためには、

 多様性に富んだ人的ネットワークをもっていること、新しい経験に対して開かれた姿勢をもっていること。

 あるいは、こんなふうにも書いてある。

 あなたのことを最もよく知っている人は、あなたの変身を助けるのではなく、妨げる可能性が最も高い人物なのである。

 確かにそうなのである。当時、付き合いの長い友人たちはあまり相談に乗ってくれなかったように思う。的確なアドヴァイスをしてくれたのは知り合って間もない新しい知人ばかり。結果、疎遠になってしまった親友も何人かいる。そういうのはせつないことなのだけれど。とてもとてもせつないことなのだけれど。。



 代官山。もうかれこれ三十年以上、この街とはつかず離れずの距離に住んでいる。80年代後半の代官山は自分にとって憧れの場所だった。就職して3年目。給料もおぼつかないのに無理して代官山駅すぐそばのアパアトに引っ越した。

 代官山。東京デザイナーズブランドの聖地。そして、一歩奥に入れば、今はなき同潤会アパートがあった。銭湯、そして共同食堂。週末になると同潤会アパートの写真を一心不乱に撮った。その建物も解体されて、はや二十年。

 旧山手通りの西郷山公園の近くに、エイズで亡くなられた熊谷登喜夫さんのブランド、TOKIO KUMAGAIのブティックがあった。店内にはいつも素敵なシャンソンが流れていた。あの時買ったネクタイの何本かは今も大切に使っている。

tokiokumagai

 駒沢通り沿いには715(セブンクォーター)というアパレルメーカーが運営するベーカリーがあった。開店は7時15分。ここの名物のシナモンロールを食べてから会社に行くのだ。当時、夜遊びに飽き始めていた若者にとって、早起き&朝食こそがトレンド。

 TVのトレンディドラマは「海岸物語 昔みたいに」。主題歌は get back in love 。奥田瑛二扮する主人公が週末ごとに同潤会アパート(ただしこちらは青山の方)から鎌倉山のパン屋さんボンジュールに通うのだ。そのボンジュールも今は。……



 時折柄にもなく、「今までの自分の人生、ほんとうにこれでよかったのだろうか」なんて思い巡らし夜も眠れなくなることがあるけれど、そんな時は、この文章を読み返すことにしている。

 ドラマ「最後から二番目の恋」(の続編の方)の最終回、ラスト近くのモノローグの台詞。脚本は岡田恵和さん。

 人が大人になるということは、それだけ多くの選択をしてきたということだ。なにかを選ぶということは、その分、違うなにかを失うことで、大人になってなにかをつかんだ喜びは、ここまでやったという思いと、ここまでしかやれなかったという思いを、同時に思い知ることでもある。でも、そのつかんだなにかが、たとえ小さくとも、確実にここにあるのだとしたら、つかんだ自分に誇りを持とう。勇気を出してなにかを選んだ過去の自分をほめてやろう。よく頑張って生きてきた、そう言ってやろう。そして、これからを夢見よう。

 勇気を出してなにかを選んだ過去の自分をほめてやろう。……今夜は自分にちょっと甘めの気分です。



 桜も見納め。でもこれからが春爛漫。海棠、花桃、連翹、躑躅と春の花が咲き誇る。春はいとし。でも、春は、、

春は修羅

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ


 春霞の景色を眺めていると、取り返しの付かないことばかりを思い出す。けれど、その過去は本当にたったひとつの過去なのか。

 宮沢賢治の有名な「春と修羅」。

 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといつしよに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

 これらは二十二箇月の 
 過去とかんずる方角から
 紙と鉱質インクをつらね 
 (すべてわたくしと明滅し みんなが同時に感ずるもの)
 ここまでたもちつゞけられた
 かげとひかりのひとくさりづつ
 そのとほりの心象スケツチです

 昔からずっと、この「過去とかんずる方角」というフレーズが気になってしかたがない。過去などというものは無限にある時間の流れの中の、たんなるひとつの方角に過ぎない。……そんなふうに受け取れる。

 でも、この方角がやっかいなのである。年をとると、自分自身はまだまだ何も変わらぬと思い込めていても、自分のまわりの人々が確実に、ある人は死に、ある人は衰え、また別のある人は心を隔てて離れてゆく。そうした彼ら彼女らの、かつての想いを掬い取ろうと思ってみてももはや手遅れになる。それをまざまざと思い知らされるのが春である。そうして改めて思うのだ。この世界の中で「わたくしといふ現象」はいったいなんなのかと。なんだったのかと。

 春と修羅。そして、春は修羅。



 直木賞を受賞した門井慶喜さんの「銀河鉄道の父」、遅ればせながら読了。

銀河鉄道

 かの宮沢賢治は、なるほど、こんな家庭環境で育ったのかと合点がいったり、あるいは彼の意外な一面を見たり。そして、政次郎が娘と息子の死に立ち会う時、「これから、おまえの遺言を書き取る。言い置くことがあるなら言いなさい」……親より先に旅立つ子供に対してこう告げる父親の心情を思うと涙が止まらなくなった。

 全編興味深く読ませていただいた。そして、所々で門井さんご自身の人生哲学的な示唆がキリリと光っていた。例えば、賢治が質屋の跡取りとして客の相手をするのが苦手で、部屋でひとり本を黙読している場面での描写。

 何しろ相手は活字である。けっして怒らないし、どなりちらさないし、嘘をつかないし、ごまかさないし、こっちを混乱させるために故意にわけのわからないことを言ったりしない。こっちから一方的に中断したとしても抗議しない。或る意味、そこにあるには、主人と使用人の関係なのだ。そういう対話にあんまり慣れすぎてしまったら、人間というのは、こんどは生身の人との対話が苦痛になるのではないか。

 人と人との対話。……それはコミュニケーションの華である。相手にユーモアのセンスがあればこれほど楽しい時間はない。でも、時にそれは、嘘と皮肉と悪意に満ちたものにもなる。なぜならば、人はけっきょくのところ、自分が今まさに抱いている感情をベースにしたコミュニケーションしかできないからだ。さすれば、対話のコンテンツは相対性を失い、俯瞰でものごとが見れなくなる。「相手の気持ちになって」とはよく言われることだが、それよりもなによりも「自分の個人的な感情からニュートラルになって」対話することが、我々人間にはいかに困難であることか。

 そうしたコミュニケーションが続いて、心がホトホト疲れ切った時、我々は「本」の世界の中に逃げ込む。人間嫌いに陥りそうになる自分を、今まで何十回何百回、たくさんの「活字」たちが網膜の中で慰めてくれたことだろう。

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