naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: life



 東京も30度を超えた。いよいよ夏到来である。(その前に長い梅雨があるのだが)

 若い頃、夏が好きだった。といっても根っからのヒネくれ者ゆえ、みんなで海に行って泳いだりサーフィンしたり、というわけではなく。ひとりで部屋のベランダでアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』を読んだり、大貫妙子さんの『夏に恋する女たち』を聞きながら海岸線をドライブしたり。

 夏。女の人たちはみんな素敵だった。ワンピースから伸びた脚はすらりとして。少し短めに揃えたワンレングスの髪が潮風に揺らいで。眩しそうに世界を眺める瞳は憂いを含んで。

 あれから35年。時間は現実を押しつける。でも、記憶はどこまでも自由だ。時間に縛られることはない。

 あの曲は『SIGNIFIE』に入っていたっけ? 『CAHIER』だっけ? 『CAHIER』の方はインストゥルメンタルバージョンじゃなかったか。『CAHIER』、洒落たアルバムだったな。フランス語の歌詞の曲や、ワルツ曲。

 ということで、apple musicで検索。すぐに見つかった。ダウンロード完了。

 *サブスクの音楽配信、今ではほとんどの曲が聴けます。『夏に恋する女たち』。もちろんオリジナルもいいけれど、原田知世さんのカバーもいいですね。



 今年、長男は今年院生2年目で、現在就活中。留学等で一年ダブっているから学部卒業生に比べたら3年遅れとなるが、いよいよ来年の四月から就職である。コロナ禍での就活はほとんどがオンライン面接のようだ。来年の春に世の中がどういう状況になっているか現段階ではさっぱり予測がつかないが、まだまだかつての日常は戻っていないだろう。そんな中で彼は新社会人一年目を迎えることになる。(就職浪人にはならないと思うのだが……。)

 そこで、ハタと気がついた。自分は今年59歳。もしもあのまま会社に残っていたら来年の春に満60歳になる。すなわち定年を迎えるのだ。今は60歳になってもほとんどの人が再雇用を願い出ているようだが、いずれにしても広告会社に所属するクリエイターとしての人生は来年の3月に終了。そのタイミングで、親が定年を迎えたその年に子が新社会人一年目を迎えることになる。世代交代というよりも世代が循環している、シームレスに。なんとも人生には不思議な巡り合わせがあるものだなあとつくづく思う。


lion




 新型コロナウイルスの感染拡大は容易には終息しそうもなく、我々はこの状況を1年〜2年スパンで考えないといけないようだ。afterコロナではなくwith コロナという意識が我々の中で出来つつある。自分もそう思う。高温多湿の夏場にいったん小康状態にはなるものの、また秋から冬にかけて、そして来年の春先と、この戦いはかなり長く続くと覚悟しなければならない。その間に画期的な治療薬やワクチンが開発されない限り、ロシアンルーレットみたいに毎日誰かが亡くなってしまう。それは自分かもしれないし自分の大切な家族・友人かもしれない。なんとも暗鬱な、そして常にヒリヒリとした緊張感の中で我々はこれからの人生を生きていくことになる。だからといって、厭世的になってばかりもいられない。私の場合、まずは大学教員として、いかに学生のみなさんが納得し満足してくれるオンライン授業を構築できるか、試行錯誤を重ねつつもなるべく短期間の間に自分なりのベストの手法を提示しなくてはならない。ひとりのクリエイティブ・ディレクターとして、ひととひととが直接会えない時代の「コミュニケーション」をどう考えるのか、それをどのように表現していけるのかを考え抜かなくてはならない。今こそこの困難な状況に向かって建設的にチャレンジしていくべき時だ。

 けれども、同時にこんなことも思う。自分たちの世代はつくづく恵まれていた世代だったのだと。1980〜90年代に20〜30代を過ごすことができた自分たち。もちろんその間に世界ではイデオロギーが終焉を迎え、日本ではバブルの狂乱とその崩壊、2000年代後半からは長く続く不景気に見舞われたが、とりあえず、日本全国津々浦々何処にでも行けたし、憧れと冒険心を持って世界中のほとんどの場所を訪れることができた。そうしたさまざまな場所でさまざまな経験をし、さまざまな人からダイレクトにかつリアルに受けた刺激が現在の自分の思索の糧になっている。それが2000年を過ぎて、2001年の9.11、2011年には3.11、そして今年の新型コロナウイルスと、10年に一度のスパンでそれまでの思考をリセットさせられるほどの強烈な体験を我々は強いられている。1980年代生まれ以降の若い人たちは、20代〜30代のアドレッセンスを、この世界を、心から素晴らしいと思えたことがあったのだろうか。自分たちの世代に「世界は素晴らしい」と心から思えた瞬間が何度かあったように。……そんなことを思っていたら、夢二じゃないけれど「早く昔になればいい」、彼ら彼女らにも「あの昔」を味わせてあげたらなあ、なんておせっかいな(大きなお世話な)ことまで考える始末で、これはなんとも建設的ではないなあと反省しつつ、でも実は、「昔に戻る」ことこそ最も勇気が要って建設的なことなのではないか、そうどこかで確信している自分もいたりするようだ。take me back to then when life was mellow.









 102年前にスペイン風邪で死んだエゴン・シーレのことを想う。

 Edith, six months pregnant, contracts the deadly Spanish Flu in October and dies on the 28th. Egon, already ill, lasts scarcely three days longer, succumbing to the virus early in the morning of October 31st.




 緊急事態宣言が発令となった。少なくともゴールデンウィーク明けまで。長く生きてきたが、これほどにもリアルな場所やリアルな人びとのことをいとしく思う経験は今までにない。例年だったら今頃は、さあて、大好きな5月、何処に行こうか。少し遅めの春を楽しむために北に向かおう。弘前はどうだろう。いや、函館。まだ冷たい風が時折吹き付ける函館がいい。……そんなことを考えて、仕事の合間のスケジュールをやりくりしている頃である。

 函館が好きである。函館を舞台にした小説はいくつもあるが、特に好きなのは吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』と、筒井ともみさんの短編『北の恋人(スノーマン)』(『食べる女』に収載)だ。中島廉売所が出てくる。啄木の歌碑のある函館公園のレトロな遊園地も出てくる。風と路面電車の街、函館。今年は文庫本を読み返しながら、これから遅い春を迎える函館の情景を脳裏に浮かべるほかはない。

 太平洋と日本海に挟まれた半島のような地形をしているという地理的条件から、雪はあまり降らない。そのかわりに風がつよい。一年中、風が吹きぬけている。この街は風の街だ。

 かつては栄えたけれど、今は人口も減ってひっそりとしている。そんな街を吹きぬける風にはサラサラとした距離感のようなものがあって。その感触が私を和ませる。

 私がこの街を好きになったもうひとつの理由が、この路面電車だ。風の吹きぬけるひっそりとした街を路面電車が走りぬけていく。

筒井ともみ『食べる女 決定版』(2018年、新潮文庫)


 筒井ともみさん。日本を代表する脚本家である。向田邦子原作、森田芳光監督の『阿修羅のごとく』が印象に残っている。久世光彦演出の『センセイの鞄』の脚本もたしか彼女だったはず。



 インターネット四半世紀である。1995年にウィンドウズ95が発売。この年、流行語大賞のトップテンにインターネットという言葉がノミネートされた。あれから25年。正確に言えばインターネットではなく WWW(world wide web)の歴史が1990年代から本格的に始まったわけだが、その間にメディア環境もテクノロジーもべき乗に変化していった。今ではインターネットで検索しSNSでコミュニケーションすることが我々の日常生活。プライバシーの感覚もインターネット前と後では180度変わってしまった。

 フェイスブックの日本語版が公開されたのは2008年。デジタルのクリエイティブを生業としていた私はすぐに参加し、自分の日々のデータをアップロードし友人のアクティビティに「いいね」を押しコメントを付け続けた。でも、ここ5年ぐらい、フェイスブックをはじめとする各種SNSに対してはあまりアクティブとは言えない。友人たちの近況を知るのは楽しいし、彼ら彼女らの読む本、訪れる展覧会、チェックしているニュースソースを知ることは自分にとってとても役に立つ。でも、そのコミュニティの中に自分がじわじわと固定化されていく気分になるのはなぜだろう? 新しい友人が増え続けてますますネットワークの幅が拡大していっているはずなのに。その理由をロジカルに説明することができなくてなんとも歯がゆいのだが(哲学者・批評家の東浩紀さんがそのあたりのことを各著作の中できちんと説明されていたはずなので、近いうちに精読し直したい)、チャーミングなセレンディピティが生まれる気があまりしない。

 実際、最近遭遇したセレンディピティを思い返してみると、国会図書館で見つけた論文に魅惑されてその著者に会いに行こうと決心したり、気まぐれに訪れた地方のバスツアーで隣の席になった方と仲良くなったり、講演の後で「話が面白かった!」と追いかけてきてくれた方と話し込んだりと、きっかけはSNSではなくすべてリアルなシチュエーションからだった。だから2020年の年初に、私は次のように決心したのである。新しい方々との出会い、あるいは旧知の方々との今までとは違う付き合いを探して、これからはよりいっそう自分から積極的にリアルな場所でのダイレクトなコミュニケーションを追い求めていきたいと。SNSはその継続のためにあればいい。

 ところが、この新型コロナウイルスの深刻な感染拡大である。相手と直接会えない、直接確かめ合えないことの切なさとつらさ。でも、今のこの状況では感傷的なことを言っている余地は皆無だ。直接会えなくともオンラインで互いの気持ちをどこまで伝え合えるのかを必死に考えながら、zoomを使ったオンライン授業の準備をし、新年度になって人生をリフレッシュした友人たちと会える日々を楽しみに待つ毎日である。

silhouette

Elmar 35mm f3.5 L + M9-P + Silver Efex Pro


 新型コロナウイルスでお亡くなりになった方々に謹んで哀悼の意を表すとともに、体調を崩されている方々の一日も早い回復を、そして一日も早いウイルスの終息を祈りつつ。よりいっそう自らの行動に自戒を込めて。2020年4月1日。



 59歳になりました。あと一年で還暦。60歳とは!
 
 昔々、自分が40歳になるなんて、とても信じることができませんでした。1999年に世界は滅亡する。(ノストラダムスの大予言ですね)ゆえに39歳で死す。ところが、あっさり2000年はやってきて、私は40歳になりました。

 そこからが早かったです。あれよあれよといううちに10年が過ぎ、50歳になりました。この年、東日本大震災が起きました。そしてまた9年。今年は新型コロナウイルスの感染拡大で世界中が混乱しています。

 人生は長いようで短く、短いようで長い。この中途半端な時間がせつなくて、だからこそ愛しいのでしょう。

 そんなことをぼんやりと考えている、今は、少しばかり花冷えのする3月23日の夕刻です。

 最後に、この新型コロナウイルスの感染拡大が一日も早く終息することを祈ります。

sakura2020

Summilux 50mm f1.4 1st + M9-P + Silver Efex Pro



 先週末より、大型イヴェント・公演が相次いで中止になり、学校は休校、企業も自宅勤務。テーマパークも休園である。まあ、これだけITが進化した現代だから、仕事のほとんどはテレワークでも可能だろう。教育もしかり。4月以降もこの状況が改善されなければ、大学の授業も真剣にオンラインを検討しなくてはならない。

 さて、この週末、上野の美術館・博物館も休館となった。実際に行けないのならば致し方なし。せめてヴァーチャルで常設展示でも、ということで google art & culture。……まあ、よく出来ている。美術館まるごとストリートビュー。気に入った絵画は拡大してけっこうディテールまで鑑賞できる。外出自粛でずっと家にいるのであれば、こちらで世界の美術館巡りをするのも悪くない。例えば、大好きなパルミジャニーノの「首の長いマドンナ」をストリートビューで鑑賞することだって出来るのだ。

 いい時代になったものだ。あのウフィッツィに、整理券も取らず並ばずに入場できて、他の観客に気兼ねせずに名だたる名画を鑑賞できるのだから。でも、……ひとっこひとりいないフィレンツェのウフィッツィ美術館? なんだかゾッとしてしまった。

 これからはますますリアルとヴァーチャルの境がなくなっていく、とはよく言われることだけれど、ほんとうにそうだろうか? 私には逆に、リアルとヴァーチャルの境がシームレスになればなるほど、ほんとうのリアルがよりいっそうかけがえなく、愛おしく思えてくる。マニエリスムの名画を見たければ、まずはフィレンツェの街で花の大聖堂のあの鐘の音を聞くべきなのだ。そして、ウフィッツィのヴァザーリの回廊のことを知り、ポントルモやブロンズィーノのあの「青」の色の妖艶さを実際に見ることだ。でないと、マニエリスム絵画の「アウラ」を感じることなんてできないと思うのだけれど。

 もう間もなくすれば、そうしたアウラさえ体感できるようなVR/AR技術が開発されるのかもしれない。そして、人々はシェルタリングされた自分の部屋から出ることが出来なくなって(ウィルスや放射能等で汚染されて出るに出られず)、この世界は、まるで昔からある定番の未来小説みたいに変貌していってしまうのだろうか、と考えたところでますます気が滅入ってしまった。

 ああ、フィレンツェ行きたいっ。でも、イタリアもコロナ感染、大変なんですよね。トホホ。



 大学教員になって改めて身近になった大学入試、いよいよ今年も本番到来である。今年は最後のセンター入試。来年からは大学入学共通テストとなる。共通一次試験に惑わされた者としては(当時は5教科7科目1000点満点だった)、この40年の変遷はなんとも感慨深い。人生を狂わされた感あり、今思えば人生がより面白くなった感もあり……。

 都心でも雪が降ったこの冬一番の寒さの中、受験会場に向かう彼ら彼女らの姿に当時の自分を重ねてみると、あの頃の自分のオツムの中は、間違いなく、我が人生において最も精緻な状態だったのだろうと今更ながらに思う。
 日本の教育はやれ知識偏重、暗記ばかり、英語も実際に使えない云々、とはよく言われることだが、英文法にせよ、歴史の暗記物にせよ、体系的に思考するための素材としてはそれはそれでとても意味のあることなのだと思う。今はなんでもかんでもイノベーション発想で、異分野のセレンディピティばかりがもてはやされるが、それは裏を返せば、ひとつのことを忍耐強く体系化することを軽んじる危険性にも繋がる。

 自分は、かつて大学ではアカデミズムを極めることができず、それまで積み重ねていたものを4年間の間に放擲し、結果、実業界に進むことになった。それが巡り巡って30数年後の現在、再びアカデミズムの片隅に身を置かせてもらえている。そのことの有り難みを噛みしめ、ここ三年間、自分なりに必死にアタマの中の体系化、その再構築を試みているのであるが、一度放擲してしまったものを取り戻すのはやはり至難の業である。ストレートで学部から大学院、そして研究者へと進んできた同僚の若き先生方と話をしていると、さすがだなあ、と感じる。彼ら彼女らのアタマの中の襞は、おそらくは一度も弛緩していないのだ。

精緻化

Summicron 35mm f2 2nd + M9-P + Color Efex Pro


 受験生のみなさん、みなさんが今後どのような道を進まれるのか、人ぞれぞれの考え方があり、人ぞれぞれの計画的偶発性があると思いますが、ただ間違いなく言えることは、今のみなさんのオツムの潜在的な可能性は、これからの長い人生全体を鑑みても、おそらくは最高の状態だということです。そのことを大切に愛おしく思って、この入試シーズンを乗り切ってくださいね。



 やっぱり血液型による相性ってありますよね? 

 ワタクシの場合、今までの人生の節目節目で運命を変えてくれた人はほとんどがO型かB型である。特にO型の人には今まで幾度となく助けてもらった。逆にややこしいことになりがちだったのがAB型の人で、共鳴しあえるところも多い分、マイナスがべき乗になることも多々あった。

 ちなみに、亡父はO型、亡母はAB型。今日は、亡父の命日である。このなかなか難しいであろう相性の二人、あの世で仲良くやっているだろうか、なんて典型的農耕民族型、几帳面なA型の息子が気に病むなんて、大きなお世話だろうか?

maria

Summilux 35mm f1.4 2nd + M10-P + Silver Efex Pro

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