naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: photo



 デジタルでもフィルムでも意図的に多重露光をすることは多々あるが、今回のようなことは初めてである。うかつにも撮影済みのフィルムをもう一度装填して再撮影してしまったらしい。一回目と二回目ではコマがズレているので現像フィルムをカットすることはできなくなってしまったが、かろうじて36枚分フィルムスキャン完了。

 その結果。……これぞ、完全なる偶発性のクリエイティブ、かも。

多重露光

Summicron 40mm f2 + CL + APX400



 「瀬戸正人 記憶の地図」展を東京都写真美術館で見た。瀬戸正人さんは私が90年代からずっと憧れ続けている写真家のおひとりである。
 瀬戸さんの撮るポートレイト、そのほとんどの場合、モデルたちの目線はカメラに向いていない。カメラに気付かれない瞬間を狙っているのではなく、むしろその逆で、モデルたちはカメラを意識しつつもファインダー越しに見られることに倦み、自身の内省へと沈潜を始めている。その時間帯をカメラが暴いているのだ。結果、モデルたちの個性ではなく(と、このインタビュー映像の中で作家自身も語っている)、人間そのものの本質、いや、人間を越えて生き物の本性みたいなものまでが滲み出ているように感じる。
 緊急事態宣言初日の午前中ということもあって、幸か不幸かほとんど貸し切り状態で、約二時間、じっくりと写真展を鑑賞することができた(もちろん館内の万全の感染防止対策のもと)。会場内撮影OK とのことだったが、iPhone やデジカメを向ける気分にはならない。鞄の中に古いコンタックスのレンジファインダーカメラが入っていたので、コリコリと距離計を、俯いて涙を流している女性の瞳や公園にピクニックに来ているカップル達の不可思議な肢体に合わせてみたりしながら。

 会期は今月24日まで。



 オールドカメラ&レンズファン歴も、かれこれ四十年。かなりヘンクツなタイプなので、二眼のローライも、他の人が持っていない(実用性がなくて持とうとも思わない)ものばかりが手元にある。(値段も安かったし、、)
 例えば、ベビーローライばかりが三台もあるのだ。127フィルム専用である。大丈夫、今でもちゃんと127フィルムは手に入る。現像を引き受けてくれる店もある。スキャンするときのフィルムフォルダーも自作した。
 所有しているのは、まずは、戦後のベビーローライ。ただし定番のグレーではなくブラックタイプ。1963年製。レンズはクセナー。それに加えて戦前のものが二台。一台目は最初期のtype1、1931年製。ロゴがクラシックでとにかく格好いい。ローライスタンダードの原型となったデザインだ。レンズはテッサーのf3.5。そしてもう一台は、通称スポーツと呼ばれるtype4で、1938年製。ロゴが浮彫になった。こちらは同じテッサーでもf2.8。
 完璧な写りを狙うときは戦後のものを使う。でも、これ、けっこう重くて680グラムもある。サイズはノーマルなローライに比べれば小さいが、重さはローライコードとたいして変わらない。で、最近は戦前のものを持ち出すことが多い。type1は490グラム、type4でも540グラム。35ミリのカメラよりもコンパクト。でも、4×4判だから解像度は圧倒的に高い。
 とはいえ、さすがにどちらも1930年代のもので、レンズのコーティングも痛んでいるし、フィルム装填も赤窓で番号を確認するタイプ。取り扱いはかなりやっかいではあるが、古い時代のテッサーはシャープさの中に柔らかさがあって、デジタルでは再現できない妙な「色気」を感じる。

 カバンの片隅に戦前のベビーローライをちょこんと忍ばせての散歩が好きである。

幹

Tessar 60mm f2.8 of Baby Rollei type4 + rerapan400

neu

Xenotar 80mm f2.8 of Rolleiflex 2.8E + Acros 100


 久しぶりにクセノタールのローライ2.8E。やっぱりプラナーより好きかも。


photostudio

Planar 80mm f2.8 of Rolleiflex 2.8F + TX400


 photostudio.




 インスタグラム。以前は使っていた時期もあったが、ここまで流行ると敬遠だ。けれど、あの正方形はいい。人間の視界とは別物。ちょっと違和感、だからモダン。
 でも、あの正方形、なにも今に始まったことではない。フィルムカメラをやってきた人間にとっては馴染みの形なのである。120の中判フィルムを6×6のフォーマットで。ハッセルブラッドしかりローライフレックスしかり。
 だから私は、正方形の写真はフィルムで撮り続ける。ところが、最近はローライフレックスを首からぶら下げた若きカメラ女子なんかもけっこういるわけで、ここはもうひとひねりしないことには気が済まぬ。あまのじゃくの沽券にかかわる。というわけで127のベスト版4×4なのである。つまりはベビーローライ、なのである。

babyRollei

 我が尊敬する名取洋之助が愛用したベビーローライ。彼が使っていた戦前のタイプは軽量だしローライの原点のようなデザインなのだが、1930年代のもので程度のいい個体はほとんど残っておらぬ。ここはやむなく戦後のタイプで我慢する。ということで1963年製ブラックタイプのベビーローライで撮った写真がこれ。ローライナーを付けて接写。クセナーの写りはとても柔らかい。

queen

Xenar 60mm f3.5 of Baby Rollei + ReraPan 100

 けれど、127のベスト版フィルムなんて今では完全な絶滅機種。北海道の専門店から取り寄せる以外入手できないし、スプールが厚めだとフィルム送りもままならぬ。スキャンしてデジタルデータ化するにしても専用のフィルムアダプターなんぞ市販されているはずもない。時代に抗うあまのじゃくはかなり疲れるのである。でも、このベビーローライ、たまらなく可愛いのである。
 
*名取洋之助の「写真の読みかた」は今読んでもとてもタメになります。お薦めします。



 東京都写真美術館で「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017—」を見てきた。写真集「センチメンタルな旅・冬の旅」を買って一晩中何度もページを繰っていたのは、あれは1990年代の初め頃。二月の雪の中を駆け回る愛猫チロの描写のところで涙が止まらなくなったのを今でもよく覚えている。

 今回の展覧会では、1971年の「センチメンタルな旅」から現在に至るまでのアラーキーの「陽子」をテーマにした写真を一堂に見つめ直すことができる。会場内の壁面に書かれたキャプションの言葉を読むだけで、また、あの胸が締め付けられる思いが甦ってくる。

アラーキー1


アラーキー2



 原宿で、ハービー山口さんの写真展を見てきた。タイトルは「That’s Punk」(それがパンクだろ!)。デビュー前のボーイ・ジョージを撮ったコンタクトシートに魅せられた。

punk

Zunow Cine 13mm f1,1 + Q-S1



 ハロウィーンの夜である。風もないし昨日ほどには寒くない。ヨーロッパみたいに空気が乾燥した秋の夜。六本木ミッドタウンの富士フィルムスクエアに牛腸茂雄展を見に行った。一見何気ないポートレート、自然な構図のコンポラ写真。でも、そこには見るひとと見られるひと、自分と他人、じっと見つめていると次第に息苦しくなるような緊張感が潜んでいる。例の双子の姉妹の写真なんてまさに日本のダイアン・アーバスだ。

self and othes

 見終わってからしばらくの間、ミッドタウンの中を散策することにする。ブリッジを渡ってリッツカールトンまで行く。その後、いくつかの洒落たレストランやブティックを巡る。
 六本木ミッドタウン。ここはなんて特別な場所なんだろうといつも思う。敷地内の空気が、香りが違う。なにか特別な空調でも施してあるのだろうか。そして、照明が違う。すべてが完璧にソフィストケイトされて上質なのである。もちろんそのためにコストが怖ろしく高く設定されているはず。よっぽどの資産持ちじゃないとここのレジデンスには住めない。東京に大地震が起きたとしても建物の耐震は完璧だし、各戸にそれぞれ備蓄倉庫が用意されていて一ヶ月ぐらいは問題ないのではないか。そんなことを思いながら六本木通りに戻る。西麻布まで歩くことにする。

 ヒラリーとトランプのマスクを被ったカップルが歩いてくる。体中から流血した女の子たちが徒党を組んで歩いてくる。今夜はハロウィーンの夜である。



 どんなにデジタルカメラの画素数が上がろうと、どんなに秀逸な非球面レンズが発売されようと、これからもずっとフィルムカメラにオールドレンズを付けて撮影し続ける、と思う。

 戦前のレンズは周辺は収差で流れ光量の落ちも激しい。でも、その分だけ中心部分が浮き立ち、そこになにかしら秘密めいた物語が隠されているような雰囲気を醸し出す。そして、フィルムグレイン。この独特の化学の粒子が空気感に色っぽい傷(キズ)を付ける。

 被写体は、山下公園から眺めるホテルニューグランド。ここにはマッカーサーズ・スィートがある。ナポリタン、ドリア、プリンアラモード発祥のホテルでもある。ま、それはさておき、ニューグランド。まずもってホテルの名前がいい。そして、このロゴの書体がいいのである。

new grand

Summar 5cm f2 L + Ⅱf + TX400

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