中原中也に会いたくなって妙本寺を訪ねた。今年はこの時期に海棠の花も既に満開である。中原中也が小林秀雄といっしょにここを訪れたのは、亡くなる年の四月二十日のこと。
小林秀雄が美学者然と、以下のように著述しているのに対して(『中原中也の思い出』より)、
晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙つて見てゐた。花びらは死んだ様な空気の中を、まつ直ぐに間断なく、落ちてゐた。樹蔭の地面は薄桃色にべつとりと染まつてゐた。あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、吃度(きっと)順序も速度も決めてゐるに違ひない、何んといふ注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考へてゐた。驚くべき美術、危険な誘惑だ、
中也は素っ気なく以下のように記しているだけ。
小林を誘つて日本一の海棠を見にゆく。大したこともなし。しかし、きれいなものなり。
『中原中也全集 第4巻 日記・書簡』(角川書店、1968年)p.268
どちらも偉大な文学者。でも、中原中也はやはり特別。


Summilux 50mm f1.4 2nd + M9-P











