井の頭自然文化園に住んでいたゾウの花子が死んだ。六十九歳。
二十一歳の時、三鷹市井の頭5丁目のアパアトに引っ越した。それはまさに井の頭公園の中に建っていた。そこから自然文化園までは歩いて5分もかからない。年間パスポートを買った。そして週に一度は自然文化園に通った。お気に入りの場所だったのだ。目的は奥まったところにある彫刻館。ここはかつて北村西望のアトリエがあったところで、彼の創った夥しい数の彫刻群が屋内外に置かれている。西望と言えば長崎平和祈念像が有名だが(ここにはその原型が展示されている)彼のモチーフ、作風は古今東西、多義多彩を極める。かなりのエログロ、キッチュなものもたくさんある。何度来ても見飽きることがなかった。
P.Angenieux 25mm f 0.95 + E-P5
Summar 5cm f2 L + Ⅱf + TX400
彫刻館だけではない。ここには他にもいくつか恣意性に富んだものが置かれてあった。例えば、動物園の中には、…
P.Angenieux 25mm f 0.95 + E-P5
井の頭自然文化園は若い頃の自分にとってインスピレーションの泉だった。で、この彫刻館への行き帰りには必ずゾウの花子の姿を見る。彼女のことは当時からいろいろ聞き及んでいた。事故とはいえ、人間を誤って殺してしまったことがあるゾウの花子。そのエピソードが頭の中にこびり付いて離れなかった。ひょっとしたら、彼女は日本に居るのがつらいのではないか。故郷のタイに帰りたいのではないだろうか。
Elmarit 28mm f2.8 1st + M9-P
就職してアパアトを引き払い吉祥寺から別の街に移り住んでからも、年に数回は自然文化園に足を運んだ。そしてその都度花子の姿を確認した。こうして三十余年もの間、僕はゾウの花子を見続けてきたのだ。彼女はいつもなにやら厭世的な感じで視線を下に向けていた。…花子の冥福を祈ります。