naotoiwa's essays and photos

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 今までにたくさんの広告をつくってきましたが、自分の広告をつくってもらったことは今回が初めてです。(汗)

窓上広告


 大学では「ゼミする東経大」と銘打って毎月各ゼミナールの紹介をし、それをJR中央線の窓上広告やHPで展開しているのですが、今月はワタクシのゼミナールの番です。

 なんとも気恥ずかしい限りです。でも、多くの高校生のみなさんやそのご父兄の方にご覧いただいて、大学選択の参考にしてもらえたらありがたいです。

 イラストにジョーカーを描いてもらったのは、大学の4年間、学生のみなさんには、ワタクシをトランプのジョーカーのように使ってもらえたらという思いからです。「ジョーカーは道化師であり、時折『種も仕掛けもある』マジックを使います。ジョーカーはいろんな役割を兼ねられます。みなさんの代役を務めることができます。でも、ワイルドカードは最後まで持っていたらダメ。うまく私を利用して、最後に私を捨てて、鮮やかに大学4年間の学びの生活をアガってください」という意図なんですが。……



 時折、従来の広告のやり方にどうしようもなく興味が萎えてしまうときがある。イマドキ、商品や企業イメージをダイレクトにアピールしたところで、いったい誰が面白いと思ってくれるというのだ? ……なんて、不遜にも思ってしまうときが、ある。

 でも、そんなとき、私はサヴィニャックを思い出す。すると、また改めて、ああ、広告っていいなあ、楽しいなあ、見ていると元気になるなあ、って思えてくる。


 練馬区立美術館のサヴィニャック展に滑り込みで行ってきた。明後日日曜日で終了。

練馬区立美術館

 やっぱり、サヴィニャックはいいのである。彼の広告アイデアはとてもシンプル。描かれる人や動物たちが商品と直結している。登場人物がストレートに商品を指さしていたりする。そのダイレクトさがとても清々しい。

savignac

Elmar 5cm f3.5 L + M9-P


 で、案の定、久しぶりにまたノルマンディーに行きたくなってしまったのである。

 ドーヴィルとトゥルーヴィル。パリから2時間でTrouville – Deauville駅に着く。ドーヴィルの方はご存じ映画「男と女」の舞台の高級リゾート地。でも、オフシーズンのオテル・ノルマンディはなかなか枯れた雰囲気があって、これはこれでまたいいのである。で、もうひとつのトゥルーヴィル。こちらは庶民的な食堂がいっぱい並んだ漁師町。サヴィニャックが晩年住み続けたところだ。今では町全体が彼の美術館みたいになっている。……初めてドーヴィル&トゥルーヴィルを訪れたのは、あれは26歳の時だったか。ダバダバダー。vous avez des chambres?



 80年代半ば、広告会社に入社したての頃、この本を手にした。

分衆

 関沢英彦先生が中心となって書かれた博報堂生活総合研究所の「分衆の誕生」。

 広告黄金期と言われた80年代において、すでに大量消費社会は終焉を迎えつつあったわけで、これからの時代の広告コミュニケーションはいったいどのように変わっていくのか、ワクワクしながら読んだ記憶がある。

 あれから30年余年。今は「分衆」どころか「分人」の時代である。平野啓一郎さんは数年前に「私とは何か」を書いた。サブタイトルは、「個人」から「分人」へ、である。 individual ならぬ dividual。自分の中のさまざまな自分。それは相手によって常に更新され続ける。個人のアイデンティティは決してひとつではない。相手に応じて変化し続けていくことこそが「本当の自分」。

 このアイデンティティの相対性についてはまったく持ってその通りだと思うが、そもそもの最初から(自分の感覚世界が出来たその時から)(先天的に)複数の自分は存在しているのではないだろうか。

 いくつもの異名を使い分けた詩人フェルナンド・ペソアのことを折に触れ思い出す。



 今年のJR SKYSKYキャンペーンは「わたしを新幹線でスキーに連れてって」。




 そうなのである。かの「わたスキ」をモチーフにしたコンテンツ企画というのか、パロディというのか。今年で30周年。そして、なんだかまたバブルの匂いがしている2017年の今だからこそと、キャンペーンの企画者は考えたのだろうか。

 1987年公開の「わたしをスキーに連れてって」。名セリフがいっぱいある。その中には「志賀と万座、直線距離だと2キロなのに、菅平まわると5時間」というフレーズもあったが、これ、ほんとうにリアリティのあるセリフだった。小布施経由で何度この道を通ったことか。

 今年の冬は久しぶりに志賀高原に行こうか。奥志賀高原もいいけれど、ここは定番の焼額。今年から車が四駆ではなくなったので、長野まで新幹線で行ってそこからバスで向かうのも悪くない。(完全にJRの戦略の思う壺であるw)バスの窓から眺める冬景色はそれはそれでまた格別なのだから。

 長野駅前のバス乗り場で志賀高原行に乗る。バスは高速を二区間だけ走ってから専用道路に入る。そのころから雪がちらつき始め、うねるようなカーブを十ぐらいクリアする頃には、道路が真っ白になってくる。トンネルを抜ける度、白い世界は着実に完成していく。最初は道路だけだったのが、次には山肌が真っ白になり、その次には道路脇の家々が全部、そしていつの間にか見渡す限りすべてのものが真っ白に覆い尽されていく。最後のトンネルを抜けた時、ふいに道路の真上をリフトが横切って動いているのに出くわす。乗っているバスはそのリフトの下をくぐって行く。「さあ、ここが志賀高原の入口だ」

 いつものファットスキーもいいけれど、この冬は数年ぶりにノルディカのスピットファイヤーに乗ってみようと、エッジの錆を落とす週末。

ノルディカ



 たまには広告の話でも。(ちなみに私は広告論が専門ですw)カンヌ広告祭(って言わないんだよね、今は。Cannes Lions International Festival of Creativity。カンヌライオンズです)も終わり、今年、世界を席巻した広告を振り返ると、やはりこの2作品に集約される感じだけれど。





 個人的には、Samsungのこの作品が大好き。テクノロジー×コミュニケーションをテーマにしている仕事柄、ARやVRについてはその手法論、あるいは概念論として様々な考察をしてきているつもりであるが、そういう研究疲れのアタマをやさしく癒やしてくれるアイデアである。VR体験を表現する際によく使う immersive(没入感)な感覚を伝えるのにこれほど分かり易くチャーミングな表現はないのではないだろうか。

 Yes, I can.もいいけれど、So you can do what can't be done.と言われる方がもっといい、と例によって、あまのじゃくな私は思うのです。

here

Summicron 40mm f2 + CL +Acros100


 where is here?



 曲がりなりにもクリエイティブを生業としているものにとって、「コンテンツとコンテキスト」の関係は永遠の課題である。コンテンツとは内容そのもの、一方のコンテキストとは文脈のことである。

 我々は若い頃から、アイデアとは、コンテンツ(内容)ではなくコンテキスト(文脈)に宿ると教わってきた。いかに言うか?老眼鏡と言えば身も蓋もないが、それをリーディンググラスとしてみたらどうだろう?あるいは、同じ結論を述べるにしても、その前に意外な物言いをしてみる。相手にとって気になる文脈に組み立て直すのである。ようは、「ものは言い様」ということである。

 しかし、今のクリエイティブは様相が変わってきている。気の利いた文脈で洒落たことを言うヒマがあったら、圧倒的なコンテンツ力で押し通す。アイデアの構造はむしろ単純な方がいい。「みんながマネしやすい=拡散しやすい」という訳である。

 どちらがクリエイティブとして正しいのかは簡単には判断できないけれど、最近、非広告分野の人たちとの付き合いが多くなって、そうした状況の中で思うことは、やはり従来の気の利いた文脈だけの勝負ではこれからは食ってはいけないということである。気の利いたコピーが書ける、チャーミングな演出ができるだけではダメで、それをオリジナルの脚本や作品に仕上げきるパワーと精緻さと普遍性が必要なのだ。

 先日、ある大手プロダクションの社長とそんなことを話していたら、残念ながら従来の広告業界のクリエイティブにはそこまでの力がまだない。でも、文脈のクリエイティブの実戦経験を豊富に持つものならば、ちょっと意識改革をするだけで、コンテンツそのものを創り上げるレイヤーに移行できるはずなのだけれど、とおっしゃっていた。まさにその通り、だと思う。

 そんな話をしていて、たぶん、自分が広告会社を辞めた理由の一因はこのあたりにありそうだなと改めて気がついた。「ものは言い様」だけで生計を立てていけるほどこれからの世の中は甘くないと思ったのである。洒落た頓智だけ言い続けて生涯を終わるのはかえってなんだかダサくねえかと思ったのである。

dolls

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + M9-P



 旧電通築地本社ビルが売却されて早や一年。新入社員で会社に入って以来20年お世話になったビルである。当時からずっと通っている歯科医院がこの近くにあるので今でも定期的にこのビルの前を通る。

「13階大ホールにお越しください」

 数回にわたる入社面接の後、電通から内定通知が電報で届いた。文面は「〇月〇日、〇時〇分に電通築地本社ビル、13階大ホールにお越しください」…そうやって私の会社人生は始まった。愉快な会社だった。たくさんの滋養を身につけさせて貰った。あれから三十年。Trente ans se sont déjà écoulé. Le temps passe vite.

 dentsuロゴも取り外され、1960年代、丹下健三の名建築もあとは解体を待つばかり。…カメラを向ける。付いているレンズは昭和レトロなスーパータクマーの55ミリ。

dentsu

SMC Takumar 55mm f2 + NEX-7

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