naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: food&drink



 仕事で成城まで行ったので、ちょいと懐かしくなってお茶屋坂へ。この坂を登ったところに、昔々のテレビドラマ「雑居時代」の舞台となった栗山邸があった。このあたりは野川沿いの湧水地、国分寺崖線の一部である。

お茶屋坂

XF 16mm f2.8 + X-T30II +Color Efex Pro

 懐かしさついでに駅の北側の増田屋でお昼を食べることに。こちらもドラマの中で登場した店。今でもほとんど建物の外部も内部も変わらない。さあて何を食べようか。やはり基本のもりそば? ドラマでも石立鉄男さんが大坂志郎さんと向き合ってここでもりそばを食べていたシーンがあったと記憶しているが、あの大原麗子さんの名セリフ「また天丼食べに行きましょ」を思い出し、昼間っから天丼を注文してしまった。

増田屋

XF 35mm f1.4 + X-T30II +Color Efex Pro

「雑居時代」が放映されたのは1974年、中学一年生の時である。思えばあの頃からずっと憧れの女性像は変わっていないのかもしれない。文学少女なのに家庭的で、おまけにキップのいい姉御肌。そんな年上の女性に、ハスキーな低い甘い声で「また天丼食べに行きましょ」と言われたら…。そんな幻想を中学生の頃何度脳裏に浮かべたことだろう。

 大原麗子さんも石立鉄男さんも亡くなって既に十余年が過ぎている。




 箱根方面での仕事の帰り、熱海に寄り道した。久々に老舗の洋食屋さんに行ってみる。この店に、先日亡くなった義父を何度かお連れしたことがある。

 12時きっかりに入店してランチを注文する。オードブルと熱々のスープ、フレンチドレッシングで和えたサラダを食べた後、メインディシュを選ぶ。

 義父は食にはあまり関心がなかったようで、自分からあのレストランに行きたい、ここの料理が食べたいと言うことはめったになかったが、この店だけは特別。ちょっとお洒落して(ネクタイをきちんと締めて帽子を被って)、ナイフとフォークを使ってカツレツやメンチカツ(いつも揚げ物ばかり。ここ、ビーフシチューも絶品なのに)を注文し、どこか懐かしげな表情を浮かべてはビールを一本。小さい頃にご尊父やご母堂に連れられて通った近所の洋食屋のことでも想い出していたのだろうか。

 義父のことを偲びながら、今日は私もメインディシュに豚ロースのカツレツを注文することにした。デミグラスソースをたっぷりとかけ、辛子を少しだけ付けて。旨い洋食屋さんのカツレツはどうしてこんなにもパン粉の焦げ具合が香ばしいんだろう。そして、ライスではなくロールパン。旨い洋食屋さんのロールパンはどうしてこんなにも美味しいのだろう。ホテル仕様のバターが添えてあるからかもしれない。

カツレツ

XF 35mm f1.4 R + X-T30II


 食後、店を出てから自慢のパイプで「桃山」を一服。その時の義父の横顔はとても柔らかで、自らの人生を十分楽しんでいるように見えたのだけれど。改めて合掌。

under the sky

Summilux 50mm f1.4 2nd + M3 + ilford XP2 400


 un cafe under the blue sky in winter.




 なんだか最近、お洒落なフルーツサンドの店がブームですね。フルーツ大福の店なんかもある。恵比寿にあるこの店も連日長蛇の列である。平日の開店直後、まだそんなに並んでいない時間帯を見計らって試しに買ってみることにした。ミニマルで洒落た店の内装に色とりどりのフルーツの色が映える。
 まずは入口で、感染予防対策もあってか「当店は完全キャッシュレスです(現金は使えません!)」と告げられる。その後、店員の方がお客さんひとりひとりに商品の説明をしてくれる。「今日はパイナップルがお薦めですよ!」とか「イチゴは各種あって、あまおうは、云々、とちおとめは、云々、エトセトラエトセトラ」とまるでコンシェルジュみたいに。各々の値段は商品近くには表示されておらず、全部選んで会計時でないと正確な金額はわからない。今回はあまおうとみかんとお薦めのパイナップルにしてみたが、どれもたっぷりのフルーツと上品な甘さの生クリームの組み合わせが絶品で、なるほど、これは少々値段が高くても人気が出るかもね、と思った。

フルーツサンド


 まあ、自分のような世代の人間は、生フルーツサンドといえば、伊豆は河津湯ヶ野にある「塩田屋本家」のもので十分おいしく懐かしいのだけれど。(すぐ近くには「伊豆の踊子」の舞台で有名なあの福田屋がある)

 さて、お恥ずかしながら若い頃(二十代の半ばごろ)に妙な潔癖主義から、一時、ベジタリアンならぬフルータリアンに憧れたことがある。で、何週間か実践して見事に挫折した経験がある。そんなことを思い出させる近頃のフルーツサンドブームである。



お彼岸も今日で明ける。おはぎを食べよう。
きなこもいいが、やはり、あずきが基本でしょ。
萩の季節のぼたもちだから、おはぎ。
で、お米は、はんごろしが好みです。
あずきも、はんごろしのつぶあんです。
はんごろしかみなごろしか。
いくらなんでも、ぶっそうな言い方ですよね。
誰が最初に言い出したんだろ。


おはぎ

Kinoplasmat 1inch f1.5 + E-PM1

vienna coffee

Summilux 35mm f1.4 2nd + fp + Color Efex Pro


 vienna coffee.


 

 若い頃からずっと珈琲好きである。でも、最近は豆の好みが変わってきたように思う。以前は苦味の強い豆を中煎りか深煎りにしていた。好きな豆はマンデリン。でも今は、むしろ酸味の強い豆を選ぶ。代表的なのはもちろんモカだが、モカよりももっと軽やかでフルーティなものをとなると、イルガチェフェなのである。

 イルガチェフェ。モカと同じエチオピア産だが、これを浅煎りにしてお湯を落とすと、まるで紅茶のような色合いである。一口目。グレープフルーツのような、と言う人も多いが、私は梨にバラの香りとナッツの香ばしさをを足したような、そんな風に感じる。一分ぐらい置いてから二口目。なんとも上品な酸味である。レモンフレーバー。三分ぐらい置いてから三口目。酸味が増してくる。そして五分後。かなりの酸味である。唾液が出てきそうなほどだ。こんなに時間経過とともに味が変化する珈琲豆は初めてだ。まるで、香水のトップノート、ミドルノート、ラストノートみたい。芸術的である。

 おいしい珈琲は胃腸の働きを活性化してくれる。(古くて不味い珈琲は胃に当たる)そして、なによりも、あの香り。部屋中が柔らかな香ばしさに包まれて、なんとも幸せな気分になってくる。

 イルガチェフェ。ネーミングもなんともエスニックでいいですよね?

イルガチェフェ

Dallmeyer 1inch f1.8 + E-PM1



 みなさんは、今年のクリスマス、どこでディナーを食べますか? 夜景がきれいな場所でイタリアン? それともフレンチ? 私はと言えば、今年は国分寺で鰻を食べようと思っています。え? 和食? それも鰻? はい、若松屋です。メリイクリスマス。

 今年は太宰治に明け暮れた一年でした。生誕110周年。大好きな太宰の小説を何度も読み返しました。太宰をテーマにした論文にもトライしてみました。そのために久しぶりに津軽まで取材調査にも出かけました。だから、やっぱり、今年は若松屋で〆たいと思うのです。メリイクリスマス。

 若松屋。太宰が三鷹時代によく通ったの鰻屋さんです。全集の口絵に使われた、ビイルを飲んでいるあの有名な写真も、たしか、@若松屋だったはずです。店はその後三鷹から国分寺に移転し、現在は国分寺街道沿いにあります。場所は変われど、太宰が愛した若松屋です。店には太宰関係の書籍がいっぱい並んでいます。ファンにはたまりません。そして、なによりも。初代から受け継がれる鰻がおいしいのです。おまけに刺身もおいしいのです。(二代目の時には寿司屋もやられていたそうです。現代は三代目の方が若松屋を継がれています)

 ここはまさにあの、『メリイクリスマス』の舞台です。だから、今年のクリスマスは若松屋の鰻、なのです。

「ハロー、メリイ、クリスマアス。」


メリークリスマス



 池袋界隈はふだんの活動範囲ではないのだけれど、先日、東武東上線沿線に出かける用事があったので、かの梟書茶房に寄ってみた。オープンして二年ばかり。池袋駅直結Esolaビルの中にある。ま、流行のブックカフェなんだけど、ここ、売ってる本が全部袋とじなのである。題名も表紙も明かされず、ブックディレクター、編集者の柳下恭平さんのセレクト文章だけを読んで購入するしくみ。なるほどシークレットブック。本の阿弥陀籤とも言えるかも。蔵書は約1200冊。

 自分のようにかなりの本好きを自認している者にとっては、このシステム、正直言ってなんだかまどろっこしさも拭えないのであるが、時には自分の価値観から解放されて、まるごと他人のキュレーションに委ねてみるのも快感かもしれない。計画的偶発性というやつである。サイフォン抽出の珈琲もおいしいし(あのドトールが経営)、「アカデミックエリア」と称された場所はじっくりと腰を据えてひとりシェアオフィス的にも使える。

 美術本や稀少本は依然として紙の書籍の意味はあるけれど、電子書籍がスタンダードになりつつある今、小説やエッセイの単行本・文庫本が紙であることの価値を再創造する手立てとしてはアリだと思った。なにより楽しい。袋とじだから梟書茶房と言うのだそうなw (だったら、入っているビルの名前Esolaは、ひょっとして「絵空事」のことかと勝手に想像してしまう)

 誰かに本をプレゼントするのにはたしかにこの袋とじシークレットブック、いいかも。(でも、その際にはプレゼントする方としてはやはり、中身がなんなのか知ってはおきたいのだけれど)



 雑居ビルの一室、窓の向こうは細かな雨に煙っている。アスファルトの真っ黒な路に水溜まりができていて、そこに街灯のオレンジ色が滲んでいる。雑居ビルなのに、どこの部屋からも物音ひとつ聞こえない。誰ひとり声を上げたりする人もいない。
 ここで、僕は物語を書いている。夜と昼が逆転している街の話を書いている。あるいは、時間が特別に引き延ばされた真夏の夜の話を書いている。あるいは、何ヶ月も何ヶ月も雨の季節が続く話を書いている。

@月と六ペンス(京都)


月と六ペンス


ここのオーナーが作られたブックカバー、素晴らしいデザインです!
一枚いただきました。

このページのトップヘ