今年の四月に村上春樹さんの新作『街とその不確かな壁』を読んで、改めて、1980年に「文學界」に発表した後、封印されてしまった『街と、その不確かな壁』が無性に読みたくなった、と以前に書いた。その後、神田の古本屋を巡ったり、サイトをチェックしたりしたが、この号の古本は高値がついて、もはや手が出せる金額ではない。半ば諦めかけていたところ、先日、古くからの友人が「その号なら、うちにあるよ」とのこと。その場で貸してもらえることになった。感謝。さすが、早稲田一文卒業の友である。

作者はどうしてこの最初のバージョンを封印したかったのだろう。確かに、プロローグやエピローグ部分が概念的過ぎたり、蛇足な感じがしないでもないが、はたして全体の完成度だけの問題なのだろうか?
いや、それよりもなによりも、ラストの主人公の行為である。主人公は自分の「影」とともに、あの「たまり」から壁のある街の外に脱出するのか、内に留まるのか。自分の創り出した概念に責任を持つのか、不条理だらけの現実に立ち戻るのか、いったいどちらを選択すべきなのか。この小説の究極とも思えるテーマについて、改めて考えさせられることになった。