naotoiwa's essays and photos

カテゴリ: literature



 ガルシア・マルケスの『百年の孤独』。読み返すのはこれで何度目になるだろう? 単行本で400ページ以上。そう易々と読み続けられる本ではない。毎晩寝る前に20ページぐらい読む。その結果、あまりの虚無感で塞ぎ込むように目を閉じてしまうか、あるいは、むせかえるような熱気で目が冴えて、ベッドを抜け出しそのまま朝を迎えることになるか。毎晩、確率はふたつにひとつ。
 さて、そんなガルシア・マルケスの『百年の孤独』。何度読み返しても、いっこうに読み終えた感じがしない。ますます無限ループのなかに迷い込んでいく気分になる。世代が変わっても登場人物たちは親の名前を延々と継いでいく。結果、途中から誰が誰だかわからなくなる。双子のような兄弟は容姿も性格も正反対。けれどもどちらも同じ女と同衾したりする。保守党と自由党の区別は付かなくなり、100歳を過ぎても生き続ける女もいれば、死んだ後も亡霊として生き続ける男もいる。

 若い頃は鮮やかなストーリーメイカーに憧れた。四十代までは巧みなストーリーテラーに脱帽した。でも、最近は、神話の時代のオーラルな物語に立ち返ったような、ストーリーウィーバー(story weaver ストーリーを紡ぐ人)に心ときめく。ガルシア・マルケスは間違いなくその筆頭の作家だと思う。

胞子

GR 18.3mm f2.8 of GRⅢ



 ゴールデンウィークはどうやらずっと雨模様らしい。

rain


 雨に閉ぢ込められたまま、ジャック・フィニィの小説を読み進む。自己催眠で過去にタイムトラベリングする話だ。ジャック・フィニィは広告のコピーライターでもあったひと。彼が書く1940〜50年代のニューヨークの描写が好きである。

 いつものとおりの日だった。金曜日で、昼休みまであと二十分、勤務が終わる時間まで、そして週末まであと五時間、休暇まで十か月、定年まで三十七年ある。
ジャック・フィニィ/ 福島正実訳 『ふりだしに戻る(上巻)』(角川文庫)p.7


 こんな気分で戦後のNYの広告代理店に勤められるのなら、もう一度広告会社のサラリーマンをやってみるのも悪くないな、などと思ってみたりする。

 そして、同時に、G・ガルシア・マルケスを数年ぶりに読み直してみる。町中のひと全員が不眠症に陥る話が出てくる。

 この不眠症のもっとも恐ろしい点は眠れないということではない(体はまったく疲労を感じないのだから)、恐ろしいのは、物忘れという、より危険な状態へと容赦なく進行していくことだった。つまり、病人が不眠状態に慣れるにつれてその脳裏から、まず幼年時代の思い出が、つぎに物の名称と観念が、そして最後にまわりの人間の身元や自己の意識さえ消えて、過去を喪失した一種の痴呆状態に落ちいるというのだ。
G・ガルシア・マルケス / 鼓直訳 『百年の孤独』(新潮社)p.50

 眠れるどころか、一日じゅう目を覚ましたまま夢を見つづけた。そのような幻覚にみちた覚醒状態のなかで、みんなは自分自身の夢にあらわれる幻を見ていただけではない。ある者は、他人の夢にあらわれる幻まで見ていた。
同上 p.51

 過去を詳細に想い出す話と過去をすべて忘れ去ってしまう話。これらを交互に読み進めていくというのも悪くない、かも。



 さて、突然ですが、この春から、ちょいと古風な恋愛小説を一篇書いてみることにしました。一年間かけて毎月一章ずつ。そのくらいのペースだったら普段の仕事の合間を縫いながらでもなんとかなるのでは、と思った次第です。結果、合計8万字(400字詰め原稿用紙換算で200枚分)ぐらいの中編小説になればと考えています。

 完全書き下ろしなので、話の結末は今のところ全く決まっていません。タイトルも未定です。来年の三月に完成した際に、みなさんのご意見もお聞きしながら内容に相応しいタイトルを付けようと思っています。

 と言っても、元ネタになる素材があることはあるのです。あるひとの日記が手元にありまして、それを自由にアレンジしてよいという許可を得ています。

 もちろん、私には有明淑さんが書いた日記を名作「女生徒」に仕上げるような能力は到底ありません。ので、私の役割は、原文にはない意外性を織り交ぜながら文脈を整えていくクリエイティブディレクション&編集、といったところでしょうか。そういう意味では、普段仕事でやっていることとあまり変わりはありません。

 その日記は、東京近郊の、とある有名な街が舞台になっていました。これを小説に仕立ててみようと思い立ったのは、その街が、私自身にとっても若い頃から長年親しんできた大好きな場所だったからでもあります。

 まずは、プロローグ部分を書いてみました。こちらを読んで、もしも興味を持っていただけたら、来月から一章ずつ読み進めていってください。舞台となっているその街の、季節ごとのブンガク的な観光案内としても役立ててもらえればと思います。(本文中には、敢えてその街の名前も、観光スポットや店の名前も出しませんが、検索していただければそれぞれが何処のことなのかすぐにわかると思います)

 書く自分に緊張感を持たせるために、次回からは有料コンテンツにさせていただくかもしれませんが、その際はご了承ください。

 *では、始めたいと思います。こちらからどうぞ。



 僕はひとり、久しぶりに訪れたその街の、緩やかに蛇行する通りをゆっくりと歩いている。通りに沿って並んでいるカフェやレストラン、ギフトショップの建物に紛れてホテルが一軒建っている。それは、ずっと昔に廃業したはずのホテルだったりする。
 僕は通りを歩き続ける。風はそよとも吹かない。通りはオレンジ色の照明に照らされて、まるで映画のセットのようだ。ひょっとして、これは現実の世界ではないのかも、と僕は思い始める。だったら、それならそれで全然構やしないのだ。みんな拵えものでいいんじゃないの、と僕は思う。それにうつつを抜かして生きている人生で構わないんじゃないの、と僕は思う。プーシキンの「エレジー」を想い出しながら。


 もの狂おしき年つきの消えはてた喜びは、にごれる宿酔に似てこころを重くおしつける。
 すぎた日々の悲しみは、こころのなかで、酒のように、ときのたつほどつよくなる。
 わが道はくらく、わがゆくさきの荒海は、くるしみを、また悲しみを約束する。
 だが友よ、死をわたしはのぞまない。わたしは生きたい、ものを思い苦しむために。
 かなしみ、わずらい、愁いのなかにも、なぐさめの日のあることを忘れない。
 ときにはふたたび気まぐれな風に身をゆだね、こしらえごとにうつつを抜かすこともあるだろう。
 でも小気味のいい嘘を夢の力で呼びおこし、としつきはうつろい流れても。


清水邦夫『夢去りて、オルフェ』(1988年、レクラム社)

*原典はプーシキン詩集のなかの「エレジー」。金子幸彦氏の訳とは最後の部分が異なっているが、ここでは清水邦夫氏の戯曲での訳を引用。



 何年ぶりかに浄瑠璃寺を訪れた。今までに何度か、吉祥天や三重塔の中の薬師如来の特別開扉に合わせて足を運んだことがあるが、今回は、ただ満開の馬酔木の花を見るためだけに。

浄瑠璃寺2


 二時間あまりも歩きつづけたのち、漸っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見出したときだった。

 その小さな門の中へ、石段を二つ三つ上がって、はいりかけながら、「ああ、こんなところに馬酔木が咲いている。」と僕はその門のかたわらに、丁度その門と殆ど同じくらいの高さに伸びた一本の灌木がいちめんに細かな白い花をふさふさと垂らしているのを認めると、自分のあとからくる妻のほうを向いて、得意そうにそれを指さして見せた。


堀辰雄『浄瑠璃寺の春』


浄瑠璃寺1


photos taken by Summilux 35mm f1.4 2nd + M10-P



 四畳半とし云へば、何やら茶人めいたる清淡雅致の一室を聯想すべけれど、我が居室は幸にして然る平凡なるものにあらず。と云へば又、何か大仕掛のカラクリにてもある様なれど、さにもあらず。有体に自白すれば、我が四畳半は、蓋し天下の尤も雑然、尤もむさくるしき室の一ならむ。而して又、尤も暢気、尤も幸福なるものゝ一ならむ。

石川啄木『閑天地』


我が四畳半

GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ



 ずっと日記をつけている。1997年からだから今年で22年目になる。毎日欠かさずと言いたいところだが、まとめて一週間分なんてことはザラにある。最近は記憶力が落ちて、一週間遡るのは至難の業だけれど。
 1997年は父親が死んだ年である。命日の1月7日からずっと日記をつけている。たぶん、あの時から自分の中のなにかが変わったんだろうと思う。それがなんなのかはよくわからないのだけれど。人生のウエイトレシオが未来から過去へとシフトする年だったのだろうか。36歳。71歳までの折り返し地点。ちなみに父親は71歳で亡くなった。

 で、最近思うこと。どうせならもっと早くから日記をつけていればよかった。つくづくそう思うのだ。二十歳の頃の、いやティーンエージャーだった頃の自分が日々なにを感じなにを思いどんな行動をしたのか、そのログデータの詳細を今見ることができたらと。そんなものを確認してどうする? でもやはり世界の謎の大半は自分自身の謎なわけで、それをこれからの残りの人生の中で解き明かしていかないとケリがつかないような気がして。

 ポール・オースターの自伝的小説の中に、以下のような文章がある。

 日誌でわからないのは、いったい誰に向けて語ればいいのかだった。自分に向けて語るのか、それとも誰か他人に向けてか。自分にだとすれば、なんとも奇妙でややこしい話に思える。なぜわざわざ自分がもう知っていることを自分に語るのか。

 あのころは君はまだ若く、やがて自分がどれだけ多くを忘れることになるかわかっていなかった。現在に没頭するあまり、実は未来の自分に宛てて書いているのだということが見えてなかったのだ。かくして君は日誌を放棄し、以後四十七年間、少しずつ、ほとんどすべてが失われていった。


ポール・オースター『内面からの報告書』(2017年、新潮社)、pp152-153




 三十代の頃大好きだった海外の現代作家と言えば、アントニオ・タブッキとミラン・クンデラ、そしてポール・オースター。今でもこの三人の作家の作品は読み返すことが多いが、今年に入って久しぶりにポール・オースターの新作(といっても実際に書かれたのはすでに10年前、柴田さんの訳の順番が遅れただけのこと)を読んだ。『インヴィジブル』である。昨年の秋口に日本語版が発売されたが、なかなか時間が取れないまま年を越してしまった。ポール・オースターの本を読むときは他の雑念を全部忘れて耽読したい。この三連休にようやくそれが実現した。

 なんとも悪魔的な小説である。どこまでがリアルなのかフィクションなのか、どこまでが誰のビジョンでどこからが別の誰かのビジョンなのか。すべてがまさにインヴィジブル。そして、そうした悪魔的な出来事(あるいは架空の物語)たちが、人生の晩年にあって回想されてゆく。それらは取り返しがつくのか、裁きは行われるのか、すべては忘却の彼方へと消えてゆくだけなのか。関わった人、残される人はなにを信じ、なにを疑えばいいのか。……ポール・オースターらしい多重で複雑な構成。けれども決して難解な文脈にはならない。怒濤のストーリーテリングで一気に読めてしまうが、その分、最後のページに至ったときに圧倒的な絶望感にさいなまれる。

 ほぼ同時期に書かれた「冬の日誌」もそうだ。人生の冬の時代を迎える準備を切々と考えさせられる小説だった。ポール・オースターは1947年生まれ。現在71歳。この小説を書いたときは62歳。



 日本の映画監督の中で好きなのは、やはり行定勲監督。あのローキーで暗緑色がかった色味、光の滲む映像は病みつきになる。彼の手に掛かると、どんなロケ地でもまるで演劇の舞台のセットの如くメタファーに満ちた趣になる。三島由紀夫の「春の雪」、雫井脩介の「クローズド・ノート」、中谷まゆみの「今度は愛妻家」が特に印象に残っている。最近だと、去年の今頃映画化された島本理生の「ナラタージュ」の映像が美しかった。

 先日、久しぶりに原作の「ナラタージュ」を読み返してみた。もう十年以上前の作品である。葉山先生と工藤泉。ふたりの最後の合瀬の、あのあまりにも切ない性描写、みごとな筆致である。こんな文章を20歳そこそこで書けるなんて、やはり彼女は天才なのだろう。そして、この「ナラタージュ」、原作も映画も雨の描写が象徴的である。

 雨の午後は昼間と夕方の境界線が曖昧で、窓にはただ全体的に暗くなっていく一枚だけの景色が張り付いていた。

島本理生『ナラタージュ』(角川書店、2005年)


 ナラタージュ。ナレーションとモンタージュの造語。あるいは、過去を再現する手法。

 最近、ナラティブとかナレーション、そしてこのナラタージュといった言葉の響きがとても気になる。そこにこそ「物語」の一番大切なエッセンスが「滲んで」いるようで。




 町田市にある武相荘に行ってきた。ご存じ、白洲次郎・正子夫婦の邸宅跡。ここは、戦時中、当時まだ寒村だった鶴川村の農家をふたりが買い取って改築したものである。現在ギャラリーになっている茅葺き屋根の母屋には正子の書斎が残されている。蔵書の一冊一冊を眺めやる。折口信夫全集、南方熊楠全集。チェーホフも数冊ある。本の重みのせいか床の一部が真ん中で傾いていたりもする。

 書斎近くに「無駄のある家」と題した正子の文章の一部が展示されていた。この文章が素晴らしい。

 鶴川の家を買ったのは、昭和十五年で、……(中略)……もともと住居はそうしたものなので、これでいい、と満足するときはない。綿密な計画を立てて、設計してみた所で、住んでみれば何かと不自由なことが出て来る。さりとてあまり便利に、ぬけ目なく作りすぎても、人間が建築に左右されることになり、生まれつきだらしのない私は、そういう窮屈な生活が嫌いなのである。俗にいわれるように、田の字に作ってある農家は、その点都合がいい。いくらでも自由がきくし、いじくり廻せる。ひと口にいえば、自然の野山のように、無駄が多いのである。……(中略)……あくまでも、それは今この瞬間のことで、明日はまたどうなるかわからない。そういうものが家であり、人間であり、人間の生活であるからだが、……

白洲正子『縁あって』(2010年、PHP研究所)


 普請道楽を極めた人だけが言える言葉だと思う。

武相荘2

武相荘1

Summilux 50mm fd1.4 1st + M9-P

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