先日、これから親しくお付き合いさせていただく方たちと、虎ノ門ヒルズの最上階のレストランで食事をごいっしょさせていただいた。ココ、眺望はバツグンだし、料理も美味しいし、なによりオシャレ。おかげさまで素敵な時間を過ごすことが出来たのだが、実は、ワタクシ、こうした場所が苦手である。こうした場所というのは、富裕層向けの居住用コンドミニアムとホテルやラグジュアリーブランドの店舗が一体となった複合型の大規模な施設のことである。全館空調が行き届き、上品なアロマの香りがするような場所である。
もちろん、こうした場所は快適そのもの。でも、巨大な空間の空調を年中滞りなくコントロールするのにどれだけ莫大な電力を要しているのか、それを考えるだけで落ち着かなくなってしまう。というか、そういう環境の中で食事をしたり買い物をしたりすることが、私たちヒトという生物にとって果たして幸せなことなのかどうか、などと柄にもなく思ってしまうのである。
どうして私たちはもっと、シンプルに暮らすことが出来ないのだろう。身の程の広さの場所で、窓を開け放して風通しを良くして、日常も非日常も楽しめないのだろう。夏には湿気がひどくてイヤな汗をかくかもしれない。冬には寒くて室内でも重ね着をしなくてはならないかもしれない。確かに、ここ数年の夏の猛暑、それと呼応するような線状降水帯による水害(今週がまさにそうである。あと一時間も降り続いたら自宅の前の道路も冠水したかもしれない)、冬の大雪と、リアルな世界がどんどん快適でなくなって来ているのは事実(それもこれも大量な電力消費に起因する地球温暖化の結果なのだが)である。でも、だからといって、そうした現実に対して見て見ぬ振りをして、リアルな世界を回避し続けていたら、私たちの世界は極限までバーチャル化していってしまう。途方もなく大量の電力を消費しながら、外界から完全に遮断された快適な空間で呼吸をし、思考もなにもかもすべて AI で編集し尽す時代が、もうすぐそこまで迫っている。
その行き着く先は、生身の肉体などなくても脳の中の「自分」がクラウド上に永遠に存在し続ければそれでいい、と私たちが真顔で考え始めることなのではないだろうか。……そら恐ろしい限りである。

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