現在、畠山美術館で開催されている「王朝のみやび」展と「守屋多々志の華麗な歴史画」展、素晴らしかった。
「王朝のみやび」展では、改めて日本文化の「余白」の粋を堪能できる。例えば、酒井抱一の《富士見業原図屏風》。富士山は比叡山の何倍もの高さであると言葉で綴りながら、在原業平が見上げる先に肝心の富士山は描かれていない。逆に人物を敢えて描かない「留守文様」という手法もあるという。《蔦の細道蒔絵硯箱》では、蔦と楓という借景と、僧が背中に背負う笈(おい)という小道具のを描いて、肝心の主人公(伊勢物語の一節なのでこちらも在原業平)を描かない。あるいは、尾形乾山の《色絵藤透鉢》《色絵菊透鉢》。透かし絵ならぬ透かし鉢。所々、葉や茎の花びらの一部が立体的に刳り抜かれている。余白の美学、不在の美学のオンパレード。和歌や短歌で印される署名の「読人不知」(よみ人知らず)だってそうだ。匿名性の美学。
「守屋多々志の華麗な歴史画」展も新たな発見が多かった。守屋さんが著名な日本画家で故郷が同じ岐阜県大垣市であることは知っていたが、生まれが船町(亡母の実家である)、育ったのは桐ヶ崎(高校まで過ごした家が桐ヶ崎町)で、卒業した小学校も高校も同じ(興文小学校、大垣北高校)だった。故郷の誉れ、尊敬すべき大先輩である。日本画の歴史画ももちろん素晴らしいが、1950年代にイタリアに留学していた時に描いた絵が特に味わい深かった。例えば、フィレンツェのサン・マルコ修道院、フラ・アンジェリコの絵がある窓辺を描いた《アンジェリコの窓》。昭和50年代に朝日新聞社から出版された『イタリア紀行』という画集があるらしい。大垣市にある守屋さんの美術館も改めてゆっくりと訪問してみたい。今年の夏は故郷で亡母の十三回忌の法要もあるし。

コメント