還暦を過ぎた後も、自分が老人になっていく実感というのはあまりなかったが、年を越して来年の3月には65歳になる。いよいよ名実ともに高齢者(前期だけれど高齢者は高齢者)の仲間入りである。定年まで(幸いにもの本務校は70歳定年)あと5年。
健康面でもいろいろ出始めた。今までは血液検査で指摘されるのは高脂血症(ほぼ遺伝)だけだったのに、今年になって血糖値にアテンションが入ったり、血圧も一時的ではあるが160近くまで(下も100以上)数値があがってしまった。腹部エコー検査を受ければ、膵臓に嚢胞ありで一年間経過を見ましょうと言われる。コロナの時期でさえ、コロナ、インフルのみならず風邪ひとつ引かなかったのに、今年の秋から冬にかけは、一ヶ月以上鼻炎をこじらせ(副鼻腔炎)微熱が続いた。担当医曰く「免疫力が落ちているみたいですね」。
この状態で定年を迎えて、前期高齢者が後期高齢者になった十年後にはいったいどうなっているんだろう……と思いながら、筒井康隆原作の映画『敵』をWOWOWで見た。東京国際映画祭でブランプリを受賞したこのモノクロ映画を見ているうちにひとごとではなくなってきた。長塚京三さん演じる主人公は元大学教授75歳。十年後には自分もそう呼ばれているのかもしれないし、孤独好きなわりに煩悩たっぷりなところも身につまされる。
急いで原作を読むことにした。タイトルにある「敵」とは誰なのか何の象徴なのか、よりもなによりも、妄想と実生活のそのディテール描写に圧倒された。各章のタイトルを眺めているだけでも、老人の一日の生活(および性活)と妄想と哲学の連なり具合、重なり具合が凄まじい。
「朝食」「友人」「物置」「講演」「病気」「麺類」「鷹司靖子」「八畳」「郵便物」「老臭」「肉」「親族」「書斎」「買物」「性欲」「夜間飛行」「食堂」「通信」「預貯金」「昼寝」「野菜」「敵」「信子」「玄関」「遺言」「孤独」「供物」「酒」「珍客」「風呂」「自裁」「煙草」「大学」「映画」「睡眠」「戦闘」「神」「真善美」「侵略」「舞台」「幻聴」「春雨」
筒井康隆『敵』(新潮文庫、2000年)より
「鷹司靖子」は昔の教え子の名前、「夜間飛行」は若い女学生のいるバーの名前、「信子」は亡くなった妻の名前
「鷹司靖子」は昔の教え子の名前、「夜間飛行」は若い女学生のいるバーの名前、「信子」は亡くなった妻の名前
あとがきの解説で川本三郎さんは以下のように書いている。
現実社会が後退していくと、逆に、自分の周囲が接近してくる。それまでは、なんでもないものに見えた引き出しのなかのこまごまとした文房具が大事に思えてくる。だからそれを、昆虫採集家が虫を整理するように丹念に記述していく。現実社会という大きな世界が後退し、身のまわりの小さな世界が接近してくる。この遠近の逆転が面白い。
そうなのだ。年を取って社会から引退してしまうと、たぶん人は、なにかをする理由、なにかをする目的よりも、ただただそれをどのように(自分の流儀で)するのかのディテール中心の生活になっていく。人間嫌いなところも多分にある自分の場合、そういう生活もけっこう楽しみだったりもするが、それもこれも健康寿命あってのこと。父親が亡くなった年齢に近づいてきている。体調管理に気を付けて来年から始まってしまう前期高齢者に備えないと。。

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