そのひとはひとり、ケーキを食べている。住宅街の狭い路地の突き当たりに建つ古びた白い洋館の窓際の席に座ってひとり、ケーキを食べている。椅子の背にはベージュのトレンチコートが丁寧に折りたたんでかけてあり、前髪は綺麗に眉の上で揃っている。中高の顔にうっすらと薄化粧をして、濃い紅色の紅茶にミルクをたっぷり入れて飲んでいる。マスクを外すと唇も鮮やかな紅色で、ストロベリーケーキをフォークで少しずつその唇に運んでいる。

 店の中は、甘いケーキと紅茶の渋みと古家の黴びた匂いが混ざり合い、それらは床の絨毯に染み込んでしまっているが、時折、出窓の網戸越しに流れてくる春の風がそれを紛らわせる。

 そのひとはスマホを手に取ることもなく、文庫本を読むわけでもなく、春の夕暮れに、古びた白い洋館の窓際の席に座ってひとり、静かにケーキを食べている。


tea&cake