ついに因縁の親知らずを抜いたのである。
「歯肉炎が治らないのは親知らずのせいですね」「はあ、、」「抜きましょうか。大学病院の口腔外科、紹介しますので」「え?」「完全に埋まってしまっているのでうちでは抜けないんです」とかかりつけの歯医者さんに言われたのが2015年。その後、いったん歯肉炎が治まって数年放置していたのだが、2019年にまた歯茎の腫れがひどくなった。で、覚悟を決めて改めて紹介された大学病院に行ってみるとたくさんの患者さんがウェイティング状態で、施術は半年後になるという。「お急ぎならば別の病院を紹介します」とのことで(こちらも大きな総合病院の)口腔外科で初診の受付をし、改めてレントゲンを撮ってみたところ、「ううむ」。CT撮ってみて、「ううううむ」。「……」「横綱級ですね」「は?」「横綱級に難易度の高い親知らずなので」と全身麻酔の手術を勧められた。「ええっ? 親知らずで全身麻酔、ですか?」
私の右下顎の親知らずは完全に横向きに埋まっており、しかも、顎の神経と血管に密着しているもようで、抜歯の際に血管および神経を損傷する可能性も高いので万全の体制で行った方がいいとのこと。それが横綱級、の意味であった。で、手術入院前の麻酔医との面談等と相成ったが、どうも納得がいかない。セカンドオピニオンも聞きたくて別の病院でも同じような検査を受けたが診断は同じ「横綱級」。全身麻酔でなくてもいいが、静脈内麻酔の方が痛みも感じにくくくていいのでは、とのこと。でも、全身麻酔にしても静脈内麻酔にしても血管や神経の損傷の可能性は変わらないらしい。ようは位置の問題なのである。下顎に沿って走っている神経と血管に密着している位置の問題なのである。「だったら親知らずの位置が動けばいいのではないですか?」と尋ねてみると「若い方ならそれも有り得ますが、お年を召されていると残念ながら今後歯が動くことはないかと」。
で、けっきょくこの時も親知らずの抜歯は取りやめにしたのである。理由は三つ。その一。大きな病院でならば血管損傷が起きてもその場でいろいろ対処してくれるだろうが、神経の損傷で後遺症が残った場合、人前で話をする機会が多いので(大学の授業しかり)職業的にも困ってしまう。その二。おかげさまでこの年になるまで大病もなく今まで手術を受けたことがない。ので、今回全身麻酔の手術を受けるとするとこれが人生初の手術ということになる。現代の医学は進んでいるので確率は極めて低いだろうが、全身麻酔の手術にはやはり一定の危険性は伴う。万が一、万万が一の場合、その理由が親知らず抜歯というのは死んでも死にきれない。ま、それはさておき、いちばんの理由はこれである。その三。ほんとうにこの親知らず、ずっと今の場所に居座っているのだろうか。今後位置を変えることは決してないのか? 下顎から離れて歯茎から少しでも頭を出してくれたら、通常のやり方で抜歯できるのではないのか? そうすれば神経や血管に抵触するリスクは解消されるのではないか、という疑問である。
もともとこの親知らずを抜かなければならないと判断した理由は、奥歯と親知らずの間に生じる狭い隙間に細菌が蔓延って歯肉炎を起こすからである。この隙間をなくす、あるいは、隙間を逆にもっと大きくすれば炎症は起きても対処できるのではないか。というようなことを長年(もう30年近く)お世話になっているかかりつけの歯医者さんに相談してみたところ、じゃあ、歯肉炎を緩和するために逆に手前の奥歯を削って隙間を広げてみましょうかということに相成った。で、奥歯を半分削って様子を見ていたところ、歯肉炎は完治はしないものの、その後ひどくなることもなく、そして、去年の夏あたりから「お、親知らず動き出しましたね」という嬉しいレントゲン結果となった。隙間が広くなって親知らずも身動きしやすくなったようで、そして、ついに歯茎からその一部が姿を現したのである!「では、抜きましょうか。アタマが出てきているし、血管や神経からも離れてきたので、うちでやれますよ」
そうはいっても親知らずを抜くとその後でかなり腫れると聞く。やるなら大学の授業も終了したこの時期しかないと思い、先週、敢行することになった。通常の局所麻酔で約40分間。「なんとか三つに割って抜けました」「あ、はりがとうごはいまふ」(麻酔で上手く口が動かない)「でも、歯茎に大きな穴が空いてる状態ですからね。数日は痛むし腫れるかも」「あい、かくごしてまふ」
施術後。はい、腫れました。おたふく風邪みたいに腫れました。現在、まだ人前に出られない状況ですが、因縁の親知らず、ついに抜歯。三十年来お世話になっている〇〇先生、ほんとうにありがとうございました! それにしても、自分が納得できないと専門医のお薦めでも鵜呑みにできない私の頑固さのせいで、御迷惑をおかけした大学病院の先生、セカンドオピニオンをお尋ねした先生方にもこの場を借りてお詫び申し上げます。
コメント