八月もあと一週間ほどとなった。今年もそろそろ夏の終わりである。案の定、蜩は「カナカナカナ」と鳴いている、ように聞こえる。実際は「キキキキ」であるが。あるいは「ケケケケ」であるが。
 でも、昔から蜩は「カナカナカナ」と鳴くものと決まっている。「哉、哉、哉」。こういうのを「聞き倣(なら)し」と言うそうである。意味が先にありきで聞こえる音を解釈してしまうこと。
 蜩は「日暮」とも書く。日を暮れさせる蝉、ということだろうか。まあ、確かに朝夕にしか鳴かないようであるが。そして、夏の終わりに鳴く蝉というイメージが定着している(実際は6月ぐらいから鳴いているようであるが)。だから我々は、ちょっと「哀」しくなって、ちょっと人生そのものの諸行無常を感じたりして、詠嘆の間投詞を綴る。「哉、哉、哉」と。

 八月もあと一週間ほどとなった。ここぞとばかりに蜩の鳴き声が茜色の中に響き渡る。「キキキキ」と。あるいは「ケケケケ」と。それを我々は勝手に「カナカナカナ」と置き換えて、今年も夏の終わりを感じようとしている。

 *百合の花もそろそろおしまい。

百合

G.Zuiko Auto-S 40mm f1.4 + α6000