文豪、谷崎潤一郎の著作は中学生の頃から始まって(我ながらずいぶんマセたガキだった)ほぼほぼ全部読んでいたつもりだったが、この「乱菊物語」だけは不覚にも今の今までスルーしてしまっていた。去年から竹久夢二に関する論文というか研究ノートの執筆にあたり、兵庫のたつの市の室津についていろいろ調べていて、谷崎がこの室津の「室君」について書いた小説があることを知り、さっそく取り寄せてみたのであるが(すでに文庫も廃刊になっているようで、取り寄せた古本も結構高値が付いている)、読み始めてみて、思わず唸ってしまった。おお、これはスゴイ。期待通り、以下のような室津や「室君」に関する精緻で詳細な著述があるばかりでなく……、


そもそも室という所は、ずっと昔、遠くは神武天皇の東征、神功皇后の三韓征伐の時代から内海における良港の一つに数えられていたから、上り下りの船の人々の相手となって旅情を慰める女、—「室の遊女」というものも久しい以前からあったに違いない。伝説によると、延喜の御代にいずこともなく天女のような一人の美女が流れて来て、名を「花漆」と呼んで、この津に住んでいた。それが初代の室君であって、本邦における遊女の濫觴(らんしょう)をなしたといわれる。

谷崎潤一郎『乱菊物語』(中公文庫、1995年)p.9

港の町の地勢と云えば、大概はうしろに山を背負い、海岸沿いの細長い地域に人家がぎっしりと軒を連ねる。室の津の町もその例に洩れず、一方に明神の山を控え、一方に荒戸の浜を控えた入り江の縁に沿いながら弓なりに続いているのであるが、祭礼の時の神輿の渡御は、弓の一端にある明神の鼻から船で海上を乗り越えて、他の一端に設けられたお旅所に着き、此処に七日間安置される。有名な小五月の行列というのは、七日の後に神輿を守護してお旅所から明神の社へ、その弓なりの線を縫いつつ町の中を練って帰るのである。

谷崎潤一郎『乱菊物語』(中公文庫、1995年)p.201

 かたや主従の若武者とその家来たちのドタバタ劇がなんとも軽やかな口語調で始まり、その剛と柔が一章ごとにめくるめく展開していくのである。けっこうな分量の小説であるが、あっという間に読んでしまった。新聞に掲載された大衆小説とのことであるが、こんなにもすんなりと読めた谷崎文学(しかも歴史小説)は初体験だった。そして、この変幻自在の語り口こそが谷崎の谷崎潤一郎たる所以であると再認識した次第。で、この「乱菊物語」、クライマックスで突然断筆し前編終了、なんと後編がないのである。残念無念、でも、この続きは、書こうと思えばいくらだって、どんなバリエーションだって書けるさと「云っているような、なんともさわかやな断筆なのである。天晴れ。

 なお、池澤夏樹氏が個人編集した文学全集でもこの「乱菊物語」がフィーチャーされているようなので合わせて読んでみたい。