時折、無性に小川洋子さんの初期の小説を読み返したくなることがある。『完璧な病室』とか『薬指の標本』、あるいは先日ブッカー国際賞の最終候補にも選出された『密やかな結晶』などなど。たぶん、あのロマネスクな抽象性や、あのカフカ的な不条理性が無性に恋しくなるからだと思う。

 いま、英文のペーパーバックで『密やかな結晶』(英文タイトルは『the memory police』)を再読しているのだけれど、改めて、彼女の小説はどれも日常的な湿気た風土から完全に解放されていると感じる。だから「物語」がピュアなのだ。

 『the memory police』。記憶狩り。中世的な話である。近未来的な監視社会の話でもある。あっという間に季節が巡りすぎてしまった後の、晩秋の乾いた絶望を感じさせる話である。