「マチネの終わりに」。映画、見てこようかな、どうしようかな。キャスティング、ちょっと照れちゃうしなあ。あの原作のイメージに合うかなあ、などと思いつつ、




 久しぶりに平野啓一郎さんの原作を読み返してみることにした。大人の恋愛小説、である。で、大人の恋愛ってなのなのかというと、……

 この世界は、自分で直接体験するよりも、いったん彼に経験され、彼の言葉を通じて齎された方が、一層精彩を放つように感じられた。

 という一文があったりする。ううむ。自分よりも相手のことが好きになれる、どころか、自分自身で認識する世界よりも相手を通じて認識する世界の方が素晴らしいと思えるようになる。これは深い。まさにこれこそ大人の恋愛である。でもそのためには、今の自分自身の心身の現状をきちんと認識し、それを徹底的にリセットするところから始めなくてはならない。

 年齢とともに人が恋愛から遠ざかってしまうのは、愛したいという情熱の枯渇より、愛されるために自分に何が欠けているのかという、十代の頃ならば誰もが知っているあの澄んだ自意識の煩悶を鈍化させてしまうからである。

 この一文などは、まことに耳が痛いのである。

*引用は、平野啓一郎『マチネの終わりに』(毎日新聞出版、2106年)より