あなたは五感のうち、どれに最も敏感ですか?

 たいていの現代人は圧倒的に視覚だろう。もちろん自分もそうである。でも、視覚に負けず劣らず、自分は嗅覚に過敏な方だと思う。過去の記憶も嗅覚を中心に覚えていることが多い。その代わり、自分は聴覚はダメだ。だから、音楽家にはなれなかったし、外国語のヒアリング能力もあまり高くない。

 冬の晴れた日、公園のベンチで日射しを浴びながら目を瞑り、ゆっくりと息を吸い込む。百メートルぐらい離れたところにある露店から、コーヒーと焼きたてのクロワッサンの香りが漂ってくる。広大な池からは、ようやく暖まり始めてきた水と藻の香りがする。そこに、清々しい梅の香りが時折混ざる。

 しばらくして、背後を誰かが足早に通り過ぎていった。ふんわりと甘い薔薇の香りがした。ちょっと古風で懐かしい薔薇の香り。こんな香水を付けているのはどんな女性だろうと好奇心を抑えきれず、振り返ってゆっくりと目を開けてみる。すると、なんとそこには、高校生の男の子の後ろ姿が。……え? でもたしかに、この薔薇の香りは彼の残り香なのである。遠ざかっていく彼のジャージ服から匂ってくるのである。

 ああ、そうか。想い出した。これは、最近流行っている柔軟剤の香りなのである。クラシカルローズの香り。嗅覚がひとより敏感だと自負している男は、こうして冬の公園の片隅で苦笑いなんぞしているのである。

 でも。いずれにしても、ひとそれぞれ、五感の感覚比率が違うのである。そういうのがクオリア(感覚質)の違い、ひいては個性の違いにつながっているのではないだろうか。