根津美術館で「酒呑童子絵巻」を見る。

 ご存じ鬼退治のお話である。最後は源頼光と彼の率いる四天王たち(♪マサカリ担いだ金太郎♪の坂田金時とか)によって鬼の酒呑童子は首を刎ねられ成敗されてしまうが、住吉弘尚の筆による絵巻では、その前半に酒呑童子の出生の話も描かれている。酒呑童子は伊吹大明神の子であるらしい。で、その伊吹大明神の元を辿ると八岐大蛇(やまたのおろち)にまで行き着く。八岐大蛇が須佐之男命に敗れて逃げ込んだ先が伊吹山だと言うのだ。

 そうした解説を読んでいるとなんとも感慨深げな気持になる。なぜなら、伊吹山は我が故郷の山だからである。幼い頃、何度も電車の窓から眺め続けた山なのである。

 あの慣れ親しんだ伊吹山に鎮座していたのが八岐大蛇だったとは!……たしかに伊吹山は荒ぶる山だった。冬に東海道新幹線に乗っていると米原あたりから急に雪景色に転ずることが多いが、あれは伊吹山から吹き下ろしてくる雪のせいである。余談だが、亡くなった父親は伊吹山でスキーをしていて大けがをし、その時の輸血が原因でC型肝炎になった。

 夏にはよく父親に車で伊吹山周辺までドライブに連れて行ってもらったものだ。父親の実家が岐阜県の揖斐川町にあったからである。そして、そのまま滋賀の方まで抜けると、……伊吹山の向こう、滋賀県側には泉鏡花の小説で有名な夜叉ヶ池がある。ここに生息していたと伝わっているのも龍、すなわち蛇である。やはり伊吹山周辺にはなにやら「荒ぶるものたち」が存在していたのかもしれぬ。

 そんな故郷の想い出を辿りながら三つの異なった酒呑童子絵巻を鑑賞していたのであるが、絵画としては、狩野山楽の筆によるものが素晴らしかった。特に酒呑童子の住む館の庭の描写。異時同図法で描かれているのだ。春の桜も夏の緑も秋の紅葉も、そして冬枯れもすべてが同じ場所に共存して描かれている。異時同図法。……さまざまな時間帯に起こったことを同時に同じ構図の中に描き込む手法。その結果、この庭は異界の庭になると解説文には書かれていたが、私にはそれは「異界」というよりも「永遠」の崇高な世界に感じられた。