今までに、どのくらいの数の小説を読んできただろう。家の本棚にあるものだけでも単行本で2000冊ぐらい、文庫本で1000冊以上。それ以外にも図書館で借りたり、すでに売却してしまったものも含めると優に5000冊は超えているのではないだろうか。そのうち、何度も読み返しているのはせいぜいが200〜300冊、全体の5%ぐらいで、あとはあらすじも登場人物もほとんど忘れてしまった。でも、物心ついてからずっと読み続けてきたこれら古今東西の小説たちは、かなりの確率ですべて自分の血となり肉となっているはずで、自分の感受性なるものの大半はこうした小説たちで出来ている。
 その中から特に好きだったものを挙げろと言われたら相当悩むかも知れないが、「一番痛快だった小説は?」と尋ねられれば、わりとたやすく答えられるかもしれない。……それは、(あまりに著名でオーソドックスで、中高の推薦図書っぽくて恐縮だけれど)やっぱり、夏目漱石の「坊っちゃん」なのである。

 「坊っちゃん」……この小説、明治時代に書かれたものとは思えないくらい、平成も終わろうとしている現代人にもとてもテンポよく読める。そして、痛快なのである。主人公や山嵐の気質が竹を割ったようで清々しい。読み返す度にスッキリする。かといって、この小説、単なる青春小説の枠にとどまるものでもなく、赤シャツや野だいこの言動を通じて近代以降の人間のエゴイズムや欺瞞を浮き彫りにしてくれる、人間のさまざまな「こころ」を思索できる小説なのである。

 金や威力や理屈で人間の心が買える者なら、高利貸でも巡査でも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。中学の教頭ぐらいな論法でおれの心がどう動くものか。人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。

夏目漱石『坊っちゃん』より