若い頃からパリに行くと必ず立ち寄る郊外の場所がある。どちらも中心部から一時間もかからないところにある。ひとつはフォンテーヌ・ブロー。パリ・リヨン駅から40分ほど。ここの宮殿はフランス・マニエリスムの宝庫だ。もうひとつはサンジェルマン・アン・レー。こちらはメトロからそのままRERに乗り継いで30分もあれば着く。

 サンジェルマン・アン・レーの駅から10分ほど歩くと観光案内所がある。そしてここは、かのドビュッシーの生家跡でもあるのだ。20代の頃、クラシック音楽といえばドビュッシーばかり聞いていた。同時代のフランスの音楽家にサン・サーンスやフォーレやラヴェル、そしてサティがいるが、一番好きだったのはやはりドビュッシー。彼の音楽を聞きながらギュスターブ・モローの絵でも眺めていれば、古今東西のさまざまな場所を自在に旅することができた。

 ドビュッシーの音楽にはベルガマスク組曲、子供の領分、アラベスク、映像、版画など数多くあるが、なかでも一番好きだったのは前奏曲集の中に収められている「沈める寺」という曲。la cathédrale engloutie.



 かつてブルターニュ半島にあったと言われるケルト人の伝説の町イズー(Is、Ys)。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ(イズー)」で有名なイズーの生まれ故郷である。パリという街の名前の語源はこのイズーの町に由来するという説もある。イズーを凌ぐ(par-is)街だからParis、ということらしい。ま、それはさておき、そのイズーの町はいつしか海底に沈んでしまった。水の中のカテドラルから聞こえてくる音楽、それがドビュッシーの「沈める寺」だ。

 海底に沈んだと言えばアトランティス大陸を思い出すが、こちらの伝説はなにやら大仰である。それに比べ、イズーの伝説は静謐さに包まれている。その町は死者の海に面した岬の突端にあったという。