その町は川沿いの古い城下町で、到着してすぐに築四百年を超えるお城の天守閣に登ってみることにした。階段の段差があまりに大きくて、下りで膝が笑い出す。いにしえの武将たちはあの重い甲冑を身に纏ったままこの急な階段を上り下りしたのか。苦労して天守まで登ったはいいが、雨が近づいているようで空はどんより曇って川の向こうの見晴らしは望めない。眼下にお稲荷様と町の鎮守様が建っていた。そこから南に城下町が広がっているのがわかる。
翌朝、まだ日射しが暑くならないうちに町を歩いてみることにした。まずもって妙なことに気がついた。せいぜいが五百メートルぐらいの道筋に写真館が何軒も並んでいるのだ。今時の観光客はみんなスマホで撮影してインスタグラムにアップするだけで、わざわざ写真館で記念写真なんか撮らないだろう。では、町の人たちが写真館好きなのか。今も人生の節目節目にホリゾントの前で記念写真を撮る習慣があるのだろうか。
そこは不思議な町並みだった。古民家を改装した洒落たカフェがあるかと思えば、路地の奥は樹齢四百年のクスノキの巨木がそびえ立つお寺の境内に繋がっている。足の不自由な老婆が杖をついて亀のような足取りで歩いているかと思えば、西洋風の彫りの深い顔をした女がハスキー犬を連れて颯爽とランニングをしている。広大な小学校の校庭にはひとっ子ひとりいない。からくり人形館と称した建物の前にばかり何人もの人が集まって、全員がうまそうに煙草を喫んでいる。彼ら彼女らの表情があまりにいいので写真を撮らせてくれないかと頼んでみた。ところが、いざシャッターチャンスというところで、ローライフレックスの巻き上げが突然効かなくなった。12枚撮りの8枚目からうんともすんとも動かなくなる。写したフリをしてお城の麓に戻ることにする。
お稲荷様の敷地に赤い鳥居が幾つも連なっている。その隣に町の鎮守様。境内に何本かの桜の植樹。脇には石碑が建っていて、初老記念、と書かれている。初老記念? ……いつの間にか背後から声がした。
「初老とは四十二歳の男の厄年のことです。満四十歳。昔の人にとって四十歳はすでに初老。人生もそろそろ終わりに近づいてきたというわけで、厄年で命を落とす人も少なからずいたのです」四十歳で初老ならば、五十を過ぎた今の自分はなんなのだろう。じゃあ、女の人は、と私が尋ねようとすると、声の主は「三月三日に女の人は厄除けをします。女の人は男以上に業が深いですからね」
ここにもクスノキの大木があって、こちらは樹齢六百五十年だと書いてある。オレンジ色の花を咲かせたノウゼンカズラがその太い幹に巻き付いている。一呼吸置いてから、私はゆっくり後ろを振り返り、先程からの声の主を探した。が、そこには誰の姿もなく蝉の鳴き声ばかりが、かしましく聞こえるばかり。
![凌霄花](https://livedoor.blogimg.jp/naotoiwa/imgs/f/5/f564e8ca-s.jpg)
GR 18.3mm f2.8 of GRⅡ
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