会社に入ったのは80年代半ば、いわゆるバブル世代である。広告代理店だったし、おそらく、その恩恵をたくさん受けていたのだろう。でも、当時、心豊かにゼイタクをしている気分になれたことは一度もなかったように思う。むしろ常に刹那的な想いにつきまとわれていた。

 如才なく振る舞って、気の利いた風なことばかり言いながら、その実、いつも心の奥底で後悔ばかりしていた。当時流行っていた曲に「リフレインが叫んでる」というのがあったが、まさしくその歌詞通りだった気がする。「どうしてどうしてできるだけやさしくしなかったのだろう」……あの頃、夏の終わりに観音崎あたりまでひとりで車を飛ばしている時、カセットに入っていた曲だ。今、原曲でこの曲を聴く勇気はないので、JUJUのカバーで聴くことにする。




 当時、自分がゼイタクのまねごとをしていたとするならば、それはカルヴィン・トムキンズの本のタイトルではないけれど、「優雅な生活が最高の復讐である」と感じていたからだったように思う。

 さて、当時、自分は何に対して復讐をしていたのだろうか。自分が逃れることのできない風土に対してだったのだろうか。まったくもっておぼつかない未来に対してだったのだろうか。