今日は亡父の命日である。もう21年になる。71歳だった。今年の冬も寒いけれど、1997年の1月もとても寒かった。もう助からないと分かっていながら、実家の近くの八幡さまに初詣した時のあの寂寞感を思い出す。

 21年前の冬、自分が読んでいた本はこの三冊。(読んだ本は昔からずっと年毎月毎にメモしてある)和田俊の「その夏の別れ」、遠藤周作訳モーリヤックの「テレーズ・デスケルー」、そして中島敦の「かめれおん日記」。「その夏の別れ」は状況的に合点がいくが、父親の死を目前にして、いったいどういう気持で自分はモーリヤックや中島敦を再読していたのだろう。

 死亡届を出しに行った。父親の戸籍を見た。いつ生まれ、いつ誰と結婚し、いつこどもが誕生し、そして、いつ死んだか。書かれていることはそれだけだった。ひとの人生はそれでおしまいなのだ。それ以外のディテイルは残された者の記憶の中だけに宿る。

 車が大好きだった父親。60年代はフォルクスワーゲンのビートル、その後、タイプ3、タイプ4と乗り継ぎ、70年代はBMWの2002。国産車は買ってもすぐに飽きてしまう。例えばブルーバードのSSS。せっかく新車で買ったのにわずか2週間で売り払っていた。晩年はメルセデス。やはりメルセデスは最高だとのことだった。でも、あんなに車好きだったのにポルシェだけは乗らずじまい。心残りだったのではないだろうか。

 小学生の頃、父親の車の助手席に乗ってふたりでよくドライブをした。母親が家事ストライキを起こすたびに外にご飯を食べに行くのだ。VWタイプ4の時、あの運転上手な父親が交差点で軽い追突事故を起こしたことがある。たぶん車内で父親と口論になって、それで父親が脇見運転をしたのだと思う。申し訳ないことをした。

 スキーもゴルフもスポーツ万能。60〜70年代の地方都市で外車を乗り回していた父親。フランス料理店でのナイフとフォークの使い方が抜群に優雅だった父親。……久しぶりに会いたいなあと切に思う。