できれば、好きな街に二年ぐらいずつ転々と移り住みながら生きていけたら、などと若い頃は思っていた。旅人こそがもっとも高級な職業である、と言ったのは誰だったか。そんなことを言った人なんて誰もいなかったか。自分で勝手にそう思い込んでいただけなのか。
 たぶん、日常が怖かったのであろう。だから、好きな街の上澄みだけをさらって、自分好みの物語をつくって生きていくだけの人生。でも、それのなにが悪い? と開き直ってみたりした。世界はほんとうに実在するのか。自分がいなくても実在する世界、自分がいないと実在しない世界。どっちが正しい? 哲学の、永遠の問題。たぶん、どっちもアリだ。どちらも正しい。

 さて。この街も二年ぐらいは気ままに住んでみたいと思っていた街のひとつである。条件は三つほど。まずは坂道が多いこと、いろんな文化が混淆していること、住んでいる人の言葉のイントネーションが柔らかいこと。路面電車が走っていたりすればなおのこといい。

 そういう街を、私はGPSの付いたスマホはわざと部屋に忘れてあてもなく彷徨する。入り組んだ路地、交差する坂、真っ暗な夜の道。階段に沿って塗られている白い蛍光塗料が、脳裏の中でキラキラとヌラヌラと揺らめく。

夜道


 この街にも、まもなくクリスマスがやってくる。

クリスマス