日本においしい洋食屋さんは数多くあれど、やはりここの洋食は格別なのである。熱海のSCOTT。昭和21年開業なので既に創業70年を超えている。志賀直哉や谷崎潤一郎も通った名店。

 新館と旧館があるが、もちろん私は旧館の方が好みである。名物はビーフシチュー、タンシチューと言われている。でも、私はここに来るとあのデミグラスソースがかかったハンバーグステーキか豚のロースカツを注文する。といってもこの店のロースカツは俗に言うトンカツとは一線を画する。厨房でポーク肉をドンドンと叩く音が聞こえる。ステーキ肉の要領である。そのステーキ肉に衣を付けてカリッと揚げるのである。衣の中に肉汁がぎゅっと封じ込まれている。濃いキツネ色の衣とともに口の中に入れると、香ばしくなんとも懐かしい味がする。付け合わせはアスパラガスのサラダ。そして、パン。ライスではなくパン。洋食屋さんで食べる温かいロールパンはどうしてこんなにおいしいのだろう。

scott

 隣のテーブルでは、たぶん80歳は過ぎているであろう、でも矍鑠としたおばあさまが息子夫婦と一緒に背筋をピンと伸ばしてアワビのコキュールを食べていらっしゃる。これからの日本の経済事情について述べていらっしゃる。なんて上品でかっこいいのだろう。後ろのテーブルでは若いカップルが互いの顔を見つめ合いながら食後のデザートを食べている。なんて初々しいのだろう。いいなあと思う。この場所で、いろんな今までとこれからの人生が繋がっている。

 ああ、美味しかった。大満足である。最後に珈琲も注文しよう。濃厚な珈琲である。ふだんは絶対に砂糖もミルクも入れないのだが、ここの珈琲は別である。どちらも入れたくなる。さすれば甘くて懐かしい味になる。