ミナト町のマンションの一室で、冬の間ずっと古風な小説でも書いて過ごす。少し前までなら、そんなシチュエーションを考えてみるだけで心ときめいたものを。近頃はダメだ。すぐに醒めた気分になる。それが現実になれば、かえって自分は途方に暮れてしまうに相違ない。現実とイメエジの折り合いをうまく付けられないままにこの歳になってしまった。そのしわ寄せがやって来たのかもしれぬ。

 自分自身はあの頃からなにひとつ変わってはいないのに。思うことも感じることも考えることも。書き留める言葉も口に出してしまう言葉も、人への思いやりもその偽善の具合も、なにひとつ変わってはいないのに。いや、だからこそ。変わっていないことが問題なのだ。

 そんなことをぼんやり思いながら、そのマンションの一室の窓の向こうを眺めやる。真冬の街の情景が歪んだ硝子越しに見えている。イルミネーションが柔らかく瞬いて、広場を行き交う人々の緩やかな動きが伺える。眼に映るこの情景はホンモノなのか、あるいはこれもただの書き割りに過ぎないのか。

 「いかがでしょう?」気が付くと、隣で誰か見知らぬ人が営業的な微笑みを浮かべて立っている。「ずいぶんと古い建物ですが、当時の設計のものは天井も高いですし、風呂場のタイル張りなんかも凝っていますよ」…ああ、そうか。私はこのマンションの前に立て掛けてあったオープンルームの案内看板を見て、誘われるがままに不動産会社に電話をかけてしまったのだ。「どうでしょう。おひとり用の書斎で使われるには十分な広さだと思いますけれど…」

port town

Summaron 28mm f5.6 + MM