大阪での仕事帰り、京都のイノダコーヒ本店に立ち寄ることにした。休日のせいもあって観光客が列をなして順番を待っている。天下のイノダコーヒは今や京都の観光名所なのである。たかが珈琲一杯飲むだけのためにこの長い列に並ぶのは閉口するが、まあいい、大人しく待つことにしよう。今日は意を決して、ずいぶんと久しぶりにここにやってきたのだから。

inoda

P.Angenieux 25mm f 0,95 + E-P5

 この堺町通りにあるイノダコーヒ本店。(ちなみに、イノダコーヒーではない。イノダコーヒ、である)予備校時代に通い詰めた店である。大学に進学し東京に住み始めてからもそれは続いた。就職してからも出張仕事にかこつけて、京都に寄り道をし、その度にここイノダコーヒ本店に立ち寄り続けた。

 ところが、1999年、この店は火事で半焼してしまう。翌年直ぐに再建されたが、以来、足が遠のいてしまった。イノダの珈琲が飲みたくなった時は、敢えて近くの三条通り店の方に行く。たぶん、あの火事とともにそれまで私と京都を結びつけていたさまざまなもの、青春の澱のようなものたちが散り散りに消えていってしまったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私はずいぶんと久しぶりに、ここイノダコーヒ本店のテーブル席に座り、昔から変わらない「砂糖、ミルク入り」珈琲を飲んでいる。ゆっくりと時間をかけてそれを飲み終えると、カップの底にはどろりと砂糖が残っていた。甘ったるい澱のように。