そのひとは、昔からずっと、そして今も変わらずこの街に住んでいる。そのひとには、なんだか夢見がちなところがあって、でもなんだか生活に疲れている感じで、体が柔らかくて、でもどこか自分の体を持て余している感じで、穏やかで木訥なところもあるこの街のイントネーションで、いつも僕に、ゆっくりゆっくり話をしてくれる。その声を聞いていると、僕はなんだかぼんやりとして、今がいったいいつなんだろうか、自分の人生がもうどの程度のところまで進んでしまったんだろうか、いろんなことが曖昧になり、溶け合い混ざり合い、なんだかみんな、ふわふわとした白い雲の中に紛れていってしまうような、そんな気分になってくる。

 九月。ずいぶん久しぶりに、僕はまたこの街にやってきた。そのひとは、いつもと同じように僕にいろんな話をしてくれる。この街の近況を、老舗の店がまた何軒も閉店してしまったことなんかを、僕に教えてくれたりする。

 そのひとは、九月に入ってから急にずいぶんと秋めいてきたと言い、そうして、ゆっくりと空を見上げた。そのひとのやわらかな香りがぷんとする。昔から変わらない、少し古風な甘い香りだ。それが路地を抜けていく涼風に紛れていってしまうと、僕は、なんだか、あらゆることがぜんぶ切ない感じに思えてくる。
 そうして、僕もゆっくりと空を見上げる。今年もまた高くなり始めた空を見上げる。水色のキャンバスに、刷毛で描いたような白い雲が流れている。

sora

G-Zuiko Auto-W 20mm f3.5 + NEX-7