芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの「コンビニ人間」、売れている。読みやすいし、でも読めば読むほどに「この人すんごい感性だなあ」と圧倒されるし(あの山田詠美が絶賛!)そして、コンビニは日本の現代人にとって今や最も身近な存在であるはずなのに、それをここまで徹底して描き切った作品は実はこれが初めてなのではないかと思うのだ。

コンビニ人間

 改めて、日本のコンビニ、つくづく不可思議な存在だと思う。あの24時間照らし出される安っぽい蛍光灯の明かり。どんなに古びたビルの一角でも、清潔そうに見える均一的なリノリウムと棚に統一され、あっという間に開店の運びとなる。定員の半分は今や外国人で片言のニゴンゴで話しかけてくる。決してサービスがいいわけでもないし、決して値段が安いわけでもない。ましてや居心地のいい空間では決してない。でも、昼夜を問わずひっきりなしに客は訪れる。お小遣いの少ない学生も、近くの工事現場で働くおじさんも、汗臭いタクシー運転手も、かと思うと、最高級のBMVのカブリオレで乗り付ける金持ちも、帽子とサングラスでカムフラージュしているけど、「ねえねえ、あれって〇〇じゃない?」っていつもみんなに気づかれている有名な芸能人も、みんな平等に、列に並んで、弁当やペットボトルやビールやファーストフードやドーナツや洗剤やトイレットペーパーや煙草を買っていく。
 不可思議な場所である。整然としているのか雑然としているのか、高級なのか低級なのか、お洒落なのかダサイのか、不可思議なマーケティングで成立しているビジネスである。それが今や日本中に張り巡らされているのだ。水道管や電線やガス管と同じくらいにもはやインフラ。そのインフラがそこで働く店員の体内にまで浸潤してしまったお話、それが「コンビニ人間」なのだろうと思う。

 ところで、私はというと、それでも未だにコンビニが好きになれない。とにもかくにもあの蛍光灯の明かりがキライなのだ。明るくて貧相にヒトを晒し出すあの明かりがどうしたって好きになれないのだ。でも、最近のコンビニ商品にはけっこう美味なものが多い。百円コーヒーは言うに及ばず、3−4枚で400円近くする高級ハムもうまいし、先日セブンイレブンで買ったコーヒーゼリーなんか、どこの専門店のものよりもおいしかったくらいだ。そういう商品だけを、帽子とサングラスで顔を隠蔽して買いに行く。もちろん誰も芸能人と勘違いはしてはくれないけれど。…ん?こんなにレジ並んでいるのに店員さんひとりしかいないじゃないか。こんな時、「コンビニ人間」の主人公みたいな女の人が、明るくハキハキした声で「いらっしゃいませ!」と言いながらバックヤードから出て来て欲しいものである。