京都は水の街である。街中の至る所から良質の井戸水が湧き出でいる。私も京都に住んでいた頃は、ペットボトルを持参して梨木神社の染井の水や八坂さんの祇園神水に通ったものだ。他にも、市比賣神社(いちひめ)神社の天之真名井(あまのまない)とか、二条のホテルフジタ近く(今ではリッツカールトン、か)の銅駝美術工芸学校の防災用地下水など。このあたりはNHKの「京都人の密やかな愉しみ」でも特集されていたようである。
 そして、なにやら怖ろしげな井戸水もいくつか現存する。呪詛の井戸として有名な鉄輪の井とか。でも、ダントツはここ六道珍皇寺の「冥土通いの井戸」と「黄泉がえりの井戸」であろう。

 小野篁(たかむら)ゆかりの井戸である。小野篁。平安時代の高級官僚。身長180センチの大男。小野妹子の子孫、小野道風の祖父。野宰相とも呼ばれた奇人。遣唐使になることを拒否して隠岐に流されたことも。彼が自分の死んだ母親に会いたくて、餓鬼道に陥っていた母親の罪を軽減してもらうために地獄に赴き閻魔大王と交渉、それが縁で閻魔大王に才能を認められ(?)ついに閻魔大王の判官になったという、かなり漫画チックな伝説が残っている。で、彼が通った地獄巡りの「冥土通いの井戸」とそこから帰還するための「黄泉がえりの井戸」が今も境内に現存しているのだ。毎年冬の間だけ特別公開されるので、先日久しぶりに行ってみることにした。

井戸

 井戸の中は写真撮ったらあきまへんで、なに映るかわかりませんよってに、とお寺の方に脅される。その言葉通り、このふたつの井戸は深く深く、覗き込もうとするとまさに冥界の奈落まで誘われそうである。

 この六道珍皇寺、清水道近くにあり松原通がすぐ目の前。昔の京都人は賀茂川を三途の川に見立て、そこを越えたところから東の風葬の地「鳥辺野」に至るこのあたりをこの世とあの世の境界と考えたのであろう。

六道辻

 迎え鐘をつかせて貰った。ここの鐘は押して撞くのではなく、引いて撞く。そのせいか、なんとも柔らかな響きである。今年の夏は両親の供養を兼ねてこのお寺の六道まいりに参加させていただくのも悪くない。父親が修羅道、母親が餓鬼道に陥っていないことを祈りつつ。…