2026年05月
疎水べり
ジギタリス
crow
アメリカンジャスミン
跪拝(きはい)叩頭(こうとう)
時折無性に、根岸駅や山手駅で下車して、横浜の根岸旭台や大芝台あたりを歩き廻りたくなる。根岸駅からユーミンの歌で有名なドルフィンまで、小学校裏の急な坂道階段等を経由して登っていくと、まだ5月の初めだというのにジワジワとシャツの下が汗ばんでくる。ドルフィンから横浜駅根岸道路を折れ、右手に柵で覆われた根岸米軍住宅(今年返還予定)沿いに歩く。前方に旧一等馬見所が見えてくる。広場からの山下公園方面の眺めがすがすがしい。

そこから中華義荘までは10分もかからない。横浜の外人墓地といえば中島敦の記念碑もある中区山手町の外人墓地が有名だが、この華僑の方たちの眠る中華義荘(地蔵王廟)はとても風情がある。(ねじめ正一の小説『荒地の恋』でも、詩人北村太郎の住んでいたアパート近くの描写として何度かこの辺りの風景が登場する。)
ここは、いつ行っても、かぐわしいお香が焚かれていて(全然抹香臭くない)、廟内は薄く白く煙っている。そしてこの季節、どこか近くで咲いているジャスミンの花の香りとも溶け合ってまるで桃源郷のよう。その中で、高貴な黄色の服を着た秀麗な若い女性が、跪拝(きはい)叩頭(こうとう)して一心に祈りを捧げていた。。

all photos taken by Summicron 50mm f2 4th + M6 (with leicavit M) + Fuji100
Don’t stoop to your own lebel.
東京都写真美術館にコレクション展「Don’t think.Feel.」を見に行った。第3室に展示されていた川内倫子さんの《Illuminance》《M/E》シリーズの写真、映像が圧巻だった。解説文には以下のように記されていた。
タイトルは「Mother Earth(母なる地球)」の頭文字であり、また「Me(私)」を意味します。その言葉は「地球と自分自身が反転して一体化したような不思議な感覚を想起させた」と川内は述べています。
また、第2室の、川村邦光さんの著作『家族写真の歴史民俗学』を紐解いた展示も大変興味深かった。有名な植田正治さんの《綴方 私の家族》の構図と、戦前の天皇家の家族写真の構図を比較した考察等。
第5室には大好きな中山岩太さんの《長い髪の女》とともに、この言葉が紹介されていた。著名な写真評論家の飯沢耕太郎さんもこの言葉を何度か紹介されている。https://tokinowasuremono.blog.jp/archives/53227435.html
「私は美しいものが好きだ。運悪るく、美しい者に出逢はなかった時には、デツチあげても、美しいものに作りあげたい」
(「カメラクラブ」1938年1月号)
同時開催中の「W.ユージン・スミスとニューヨークロフトの時代」展も見に行った(なんと満65歳を迎えると入場料が半額ということで思わずセット券を購入。嬉しいやらちょいと切ないやら。。)セロニアス・モンク等、ジャズの巨匠達も集まったニューヨーク・マンハッタンのアパートでの、「As from My Windows I sometimes Glance... 」と「The Loft from Inside In... 」のふたつのシリーズ、そして日本での《水俣》シリーズ(使用機材のニコンF2とNikkor N-Auto 24mm f2.8も展示されていた)に圧倒された。そして、この言葉がとても印象に残った。
Don’t stoop to your own lebel. (自分のレベルまで落ちぶれるな)
stoopというのはアパート等の玄関前のポーチのことで、ここで物を売りさばく行為を指したスラングだと思われるが、さきほどの中山岩太さんの言葉と相まって、久しぶりにココロが震え、奮えた。
今の時代、どんなことでも自然体で無理をせず、が基本になってしまっているが、クリエイティブ=何かを創り出すという行為にはやはりこのくらいの気概と決意がないと成立しないものだと思う。








