2024年06月
shutter painting
ぼんやりした薄明り
梅雨入りが近づいている。自分も気圧の変化には決してタフな方ではないが、でも一般的な低気圧症(低気圧による各種体調不良)とはどうやら違うようである。むしろ、スカッ晴れの真夏日などに偏頭痛が起こる。耳鳴りがひどくなる。そんなことを幼い頃にポロリと口にすると、周りの大人は不思議な生物でも視るようにじぶんのことを見たものだ。でも、のちに(たぶん高校生の頃)、尾崎翠さんの作品をいくつか読んで、なあんだ、自分は間違っていなかったと安心した(?)ことを覚えている。
例えば初期の短編小説『花束』の中で、尾崎翠さんはこんなふうに書いている。
あの日の陽ざしを思うと、私はやはり昔なつかしい心に誘われます。真夏の光線らしいものはどこにもない。それは雲が幾重にも包んでいてくれるのでした。そして幾重にも包んだぼんやりした薄明りを、空中にも海の上にも川面も砂丘にも、そして人の心にも与えてくれました。そして、強い光線の下では、一つ一つ離れ離れになっている何もかもが、この薄暗い世界では、みんな一つに馴付き合っているのです。底までさらけ出されてしまう強い光線の圧迫から遠く遁れて、広い薄暗い自分の部屋の中にいるような気易い心持にしてくれる日でした。それは夕立前の海でたまに出逢う事の出来る懐しい心持です。
尾崎翠『尾崎翠(ちくま日本文学004)』(筑摩書房、2007年)pp.298-299
名作『第七官界彷徨』や『こおろぎ嬢』、戯曲『アップルパイの午後』などを久しぶりに読み返してみたくなる、梅雨入り前の今日この頃である。