naotoiwa's essays and photos

2023年02月



 ライカのA型やⅠf、あるいはローライ35など、距離計の付いてないカメラはおおらかな気分で目測スナップするのが王道。でも、どうしても正確に距離を合わせたくなったら単体の距離計が必要になる。この煙突みたいな長い距離計を付けると、なんとも大仰な姿になってせっかくのサイズ感が台無しになってしまうのだが、測距の精度は長い分だけ距離計内蔵カメラよりもはるかに高い。

 使い方は、1)距離計の測距窓から対象物を見てダイヤルを回しながら二重像をあわせる。2)合掌したところの数字をダイヤルから読み取る。3)その数字と同じになるようにレンズのヘリコイドを回す。という手順になるが、ここでいささか問題が生じる。距離計のダイヤルもレンズの方も、目盛りがそれほど細かく刻まれているわけでもないし、双方が一致していない場合もある。おまけに、メーター表示ではなくフィート表示だったりすると、測距結果が2.5フィートと3フィートの中間ぐらい、とか、80フィートと無限大の中間ぐらい、なんて出ると一瞬頭の中が白くなる(フィートなんて30倍しておけばそれでだいたい合っているんだけどね。3フィートは約90センチ、80フィートは約24メートル)。せっかく単体距離計付けているのにまたまたアバウト。ううむ、どうにもすっきりしない。

 で、考えた。というか、順番を変えてみた。じゃあ、自分の足で合わせればいいのではないかと。つまりはこういうことである。1)まずは対象物までの距離を距離計でざっくり測ってみる。結果、10フィートと13フィートの中間ぐらい、と出たとすれば、2)レンズのヘリコイドには13フィートの表示がないので距離計もヘリコイドもどちらも10フィートに正確に合わせる。3)そのまま自分が動いて今一度二重像が正確に合致したところでシャッターレリーズを押す、という案配である。

 これでようやく気分はスッキリしたののであるが、ふと冷静になってみると、2023年の現代になって、いったい何をやってるんだろうと自分自身に呆れることになる。今や iPhone に付帯したカメラを起動させれば超広角から望遠まで瞬時にピントを合わせることができるし、ポートレートモードなら前後のボケも(擬似的ではあろうが)自由自在だ。そんな時代に今更、なにもこんなしち面倒くさいことをして写真を撮らなくても、と。

 でも、ライカAの初期型に至ってはおよそ100年前のカメラなのである。それが現代でも使えることのかけがえのなさを徹底的にスローライフに味わうというのも、これまた実にオツなことではないだろうか。

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Elmar 5cm f3.5 (close focus, Görz) of Leica A early + FOFER + Fuji Superia 400




 オールドレンズ&カメラの沼歴もかれこれ二十年。今まではけっこう美品にこだわり続けてきたつもりだが、例によって、そろそろ終着駅が近づいてきたようで、ブラコン(コンタックス Ⅰ)やA型(ライカ Ⅰ型)にばかり目が行くようになってしまうと、もはやそんなことは言っていられない。年代が年代だけに(1925年から1937年ぐらいまで)、ペイントロスのないものなんてあり得ないし、擦れ傷のないレンズなどかえって疑わしい。せいぜいが「キレイめ」のものを探すしかないわけで、でも、そうなると逆にその「キレイめ」に付いた擦れ傷や汚れが気になって仕方がない。で、だったら、いっそのこと徹底的にエイジングされているものの方が、ということになる。真鍮の下地がほぼ剥き出しになったもの、象嵌がほとんど溶けてしまっているものの方が潔くて美しく見えてくる。末期症状である。でも、よくいえば「侘び寂びの世界」でもある。また、これは、元来美品好みの自分の神経症をなんとか回避するための価値観の切り替えでもある。

 ということで、ブラコンは、敢えてあのマニアックなシャッタースピード設定のない初期型の方がプロ好みだの、イチゴゾナーはニッケルとクロームのハイブリッドがおもしろいだのとうんちくを並べ、A型は、マッシュルームはエクボがあるやや後期のもののほうがいいだの、エルマー銘板のフォントが旧字でもゲルツ製とは限らないだの、メーター表示の方がラクだが近接タイプはすべてフィート表示だのと、ひとりブツクサつぶやきながら、手のひらにすっぽりと収まる絶妙の大きさ(というか小ささ)のボディや、初期型ならではの目地の粗めのグッタペルカを撫で回す。で、撫でれば撫でるだけさらにペイントは剥げ、グッタペルカのひび割れはひどくなる、ということになる。
leica A

XF 35mm f1.4 + X-T30 Ⅱ




 この本を読むと、やっぱりこういうものを買ってしまいたくなる。ただし、サイフォンで淹れた珈琲はドリップ式とはやっぱり味が違う。好みの問題もあるので、誰にも迷惑をかけないようにと(?)とりあえず、おひとりさま用を購入。

サイフォン

 
 昔々、あれは昭和50年代の初め頃、数学が苦手なワタクシに母親が家庭教師を雇ってくれた。センセイがやってくるのは土曜日の午後。さっぱり分からぬ数式に煩悶している午後3時。トントントンと母親が階段を上ってくる音がして、ドアが開くと、芳しい珈琲の香り。イチゴのショートケーキとともにしばし休憩。

 あの珈琲を、母親は毎回サイフォンで淹れていた。母親は決して料理に凝ったりする方ではなかったが(どちらかというとさっさと出来合いのもので済ませてしまいたいタイプ)、なぜか珈琲だけは、上下のガラスカップやフィルターの洗浄、アルコールランプのメンテ等、面倒なことこの上ないサイフォン式を労を惜しまず使っていた。

 沸騰したお湯と珈琲豆のエキスがすべて一体になって浸潤したこの味、懐かしい。

 あ、そろそろ燃料用アルコールがなくなりそうだ。薬局で買ってこなくては。

to the station1

to the station2

GR 21mm f3.5 L + M10-M


 To the station.



春近し

Elmar 5cm f3.5 (close focus, Görz) of Leica A early + Fuji Superia 400


 春近し。





山神社

Jupiter-3 50mm f1.5 L + M10-P


 山神社。




 ついに因縁の親知らずを抜いたのである。

 「歯肉炎が治らないのは親知らずのせいですね」「はあ、、」「抜きましょうか。大学病院の口腔外科、紹介しますので」「え?」「完全に埋まってしまっているのでうちでは抜けないんです」とかかりつけの歯医者さんに言われたのが2015年。その後、いったん歯肉炎が治まって数年放置していたのだが、2019年にまた歯茎の腫れがひどくなった。で、覚悟を決めて改めて紹介された大学病院に行ってみるとたくさんの患者さんがウェイティング状態で、施術は半年後になるという。「お急ぎならば別の病院を紹介します」とのことで(こちらも大きな総合病院の)口腔外科で初診の受付をし、改めてレントゲンを撮ってみたところ、「ううむ」。CT撮ってみて、「ううううむ」。「……」「横綱級ですね」「は?」「横綱級に難易度の高い親知らずなので」と全身麻酔の手術を勧められた。「ええっ?  親知らずで全身麻酔、ですか?」

 私の右下顎の親知らずは完全に横向きに埋まっており、しかも、顎の神経と血管に密着しているもようで、抜歯の際に血管および神経を損傷する可能性も高いので万全の体制で行った方がいいとのこと。それが横綱級、の意味であった。で、手術入院前の麻酔医との面談等と相成ったが、どうも納得がいかない。セカンドオピニオンも聞きたくて別の病院でも同じような検査を受けたが診断は同じ「横綱級」。全身麻酔でなくてもいいが、静脈内麻酔の方が痛みも感じにくくくていいのでは、とのこと。でも、全身麻酔にしても静脈内麻酔にしても血管や神経の損傷の可能性は変わらないらしい。ようは位置の問題なのである。下顎に沿って走っている神経と血管に密着している位置の問題なのである。「だったら親知らずの位置が動けばいいのではないですか?」と尋ねてみると「若い方ならそれも有り得ますが、お年を召されていると残念ながら今後歯が動くことはないかと」。

 で、けっきょくこの時も親知らずの抜歯は取りやめにしたのである。理由は三つ。その一。大きな病院でならば血管損傷が起きてもその場でいろいろ対処してくれるだろうが、神経の損傷で後遺症が残った場合、人前で話をする機会が多いので(大学の授業しかり)職業的にも困ってしまう。その二。おかげさまでこの年になるまで大病もなく今まで手術を受けたことがない。ので、今回全身麻酔の手術を受けるとするとこれが人生初の手術ということになる。現代の医学は進んでいるので確率は極めて低いだろうが、全身麻酔の手術にはやはり一定の危険性は伴う。万が一、万万が一の場合、その理由が親知らず抜歯というのは死んでも死にきれない。ま、それはさておき、いちばんの理由はこれである。その三。ほんとうにこの親知らず、ずっと今の場所に居座っているのだろうか。今後位置を変えることは決してないのか? 下顎から離れて歯茎から少しでも頭を出してくれたら、通常のやり方で抜歯できるのではないのか? そうすれば神経や血管に抵触するリスクは解消されるのではないか、という疑問である。

 もともとこの親知らずを抜かなければならないと判断した理由は、奥歯と親知らずの間に生じる狭い隙間に細菌が蔓延って歯肉炎を起こすからである。この隙間をなくす、あるいは、隙間を逆にもっと大きくすれば炎症は起きても対処できるのではないか。というようなことを長年(もう30年近く)お世話になっているかかりつけの歯医者さんに相談してみたところ、じゃあ、歯肉炎を緩和するために逆に手前の奥歯を削って隙間を広げてみましょうかということに相成った。で、奥歯を半分削って様子を見ていたところ、歯肉炎は完治はしないものの、その後ひどくなることもなく、そして、去年の夏あたりから「お、親知らず動き出しましたね」という嬉しいレントゲン結果となった。隙間が広くなって親知らずも身動きしやすくなったようで、そして、ついに歯茎からその一部が姿を現したのである!「では、抜きましょうか。アタマが出てきているし、血管や神経からも離れてきたので、うちでやれますよ」

 そうはいっても親知らずを抜くとその後でかなり腫れると聞く。やるなら大学の授業も終了したこの時期しかないと思い、先週、敢行することになった。通常の局所麻酔で約40分間。「なんとか三つに割って抜けました」「あ、はりがとうごはいまふ」(麻酔で上手く口が動かない)「でも、歯茎に大きな穴が空いてる状態ですからね。数日は痛むし腫れるかも」「あい、かくごしてまふ」

 施術後。はい、腫れました。おたふく風邪みたいに腫れました。現在、まだ人前に出られない状況ですが、因縁の親知らず、ついに抜歯。三十年来お世話になっている〇〇先生、ほんとうにありがとうございました! それにしても、自分が納得できないと専門医のお薦めでも鵜呑みにできない私の頑固さのせいで、御迷惑をおかけした大学病院の先生、セカンドオピニオンをお尋ねした先生方にもこの場を借りてお詫び申し上げます。

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Elmarit 28mm f2.8 1st + M10-P


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 通りを走っていたら、昭和の雰囲気をたっぷり残したラーメン屋さんが一軒。看板には「よなきラーメン」の文字。思わず車を停めそうになったが、今の時間は閉まっている。

夜泣

iPhone 14 pro + Silver Efex Pro


 あれは昭和40年代のはじめ頃。幼稚園の年少ぐらいの頃の私はずいぶんと夜泣きがひどかったらしい。で、そういうときは、父が私をおんぶして駅まで連れて行ってくれた。汽車がホウムに発着するの見せると泣きやんだという。で、帰りに駅近くの屋台でラーメンを食べさせて貰った。

 「よなきラーメンだよ」と父は言った。「よなき?なんでよなき?」「チャルメラの音を夜に鳴らしているから夜鳴き」と父親は説明してくれた。「よる、なるから、よなき?」「そう、でも、ナオトくんが、夜、泣きべそかいた後に食べるラーメンだから夜泣き、かな?」

 優しい父の背中を今でもよく覚えている。

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