naotoiwa's essays and photos

2022年06月



 箱根方面での仕事の帰り、熱海に寄り道した。久々に老舗の洋食屋さんに行ってみる。この店に、先日亡くなった義父を何度かお連れしたことがある。

 12時きっかりに入店してランチを注文する。オードブルと熱々のスープ、フレンチドレッシングで和えたサラダを食べた後、メインディシュを選ぶ。

 義父は食にはあまり関心がなかったようで、自分からあのレストランに行きたい、ここの料理が食べたいと言うことはめったになかったが、この店だけは特別。ちょっとお洒落して(ネクタイをきちんと締めて帽子を被って)、ナイフとフォークを使ってカツレツやメンチカツ(いつも揚げ物ばかり。ここ、ビーフシチューも絶品なのに)を注文し、どこか懐かしげな表情を浮かべてはビールを一本。小さい頃にご尊父やご母堂に連れられて通った近所の洋食屋のことでも想い出していたのだろうか。

 義父のことを偲びながら、今日は私もメインディシュに豚ロースのカツレツを注文することにした。デミグラスソースをたっぷりとかけ、辛子を少しだけ付けて。旨い洋食屋さんのカツレツはどうしてこんなにもパン粉の焦げ具合が香ばしいんだろう。そして、ライスではなくロールパン。旨い洋食屋さんのロールパンはどうしてこんなにも美味しいのだろう。ホテル仕様のバターが添えてあるからかもしれない。

カツレツ

XF 35mm f1.4 R + X-T30II


 食後、店を出てから自慢のパイプで「桃山」を一服。その時の義父の横顔はとても柔らかで、自らの人生を十分楽しんでいるように見えたのだけれど。改めて合掌。

ベンチ

CZ Sonnar 50mm f2 (after war) + M8


 湿度80%。今にも雨が落ちてきそうなこの季節に、真っ白なワンピースを着て、公園のベンチの片側で、背筋をピンと伸ばし、首だけを少し斜め下に傾けながら、本を読む人がいた。




半夏生

XF 35mm f1.4 R + X-T30II


 半夏生。




 義父が亡くなった。96年と半年。大往生だと思う。初めて義父と会ったのは今から三十年前。結婚の許しを乞うために会いに行った。で、最初に聞かれたのが「血圧はどのくらいか?」である。まずもって健康体かどうかのチェック。お互いに何を話したらいいのか分からなくて戸惑いの発言だったのかもしれないが、正直言って、なんだかなあ、と思ったことが記憶に残ってる。ご自身、養生訓を地で行くような人だった。毎晩腹筋を欠かさず、食事は常に腹八分目。医者に行ったことはほとんどない。それほどご自身の健康には前向きに留意していたのに、いつだったか「ナオト君、人生は決して楽しいものなんかじゃないよ」と言われたことがある。そのニヒリズムに同感するところもあったけれど、自分はだからこそ(人生は苦難の連続だからこそ)無理してでも懸命に「優雅な生活が最高の復讐である」と切り返して生きていきたいと願うタイプなので、価値観を同じくすることはなかなか難しかった。むろん、大正14年生まれの戦中派ゆえ自分たち世代には想像もできないほどの闇を目の当たりにしてきたのかもしれない。けれど、同い年の実父(実父は71歳で亡くなったので、義父より四半世紀分寿命が短かったことになる)も自ら少年飛行兵を志願し、たくさんの戦友が亡くなるのを目の当たりにしたが、戦後は生き残った幸運を懸命に前向きに生かそうとしていたようだ。

 義父は定年になるまで生命保険会社に勤務し、一度も転勤することなく(関係機関に出向された時期はあったようだが)生まれ住んだ土地と家屋を守ってきた。若い頃は本を読むのが好きだったと聞く。書斎には夏目漱石全集と芥川龍之介全集が並んでいた。文学青年だったのだろうか。そして適度のお酒と喫煙。愛用のパイプが何本も残っている。刻葉の銘柄は「桃山」。クールな一面、弱き者や困っている者に心温かな人だった。動物も(犬も猫も)大好き。同じ犬好き同士、もっともっと心を打ち解け合うこともできたかもしれないと思うと心残りを感じる。

 偶然なのか、いや、そうではないだろう。亡くなった日が彼のご母堂の命日と同じだったと知り、人の運命というのはやはりあらかじめ決まってしまっているのかもしれないと感じた。96年と半年をタイムスリップしてご母堂のもとに戻って行かれたのではないだろうか。

 今までの30年間、ほんとうにお世話になりました。感謝いたします。合掌。

佛花

XF 35mm f1.4 R + X-T30 II + Color Efex Pro



 仕事でも趣味でも、今までいろいろなカメラとレンズを使ってきたが、その中でもやはり一番厄介というか難儀したのはハッセルのSWCではないだろうか。(三十代に何年か、そして最近になってまた79年製のSWCを使用している)

 特殊なカメラというかレンズである。ご承知のようにビオゴンレンズのためだけにボディが存在しているこのカメラは広角38ミリ(35ミリ換算で21ミリ)。露出計なし、距離計なし。目測であることもかなり厄介ではあるが、超広角なのに周辺の歪曲がほとんどなく極めてシャープな写真が撮れるというその評判の高さこそがストレスになっているのではないかと思うのだ。というのも、そうした評判ほどの写真が実際のところはなかなか撮れないからである。自分の腕が悪いのか、それとも個体の状態が悪いのか。周辺は結構歪むし、どんなに絞り込んでパンフォーカスにしても遠景のシャープさは今ひとつ。購入したお店のご好意で個体のレンズ調整をお願いしたりもした。で、何度も試写し試行錯誤していろいろ悩んだ末の現在の結論は以下の通りである。

 1)いかに神レンズのビオゴンであろうとも、完璧に上下左右とも1ミリの傾斜なく構えないことには確実に歪む。
 2)いかにTコーティング付きのビオゴンがシャープといえども、所詮は1970年代のオールドレンズ。現代のレンズでデジタルの数千万画素のセンサーで写ったものと比較するのは意味がない。

 その境地に達したところで改めて浮遊し続ける水準器に目を凝らして(ほとんど船酔いしそうになりながら)撮影したのがこの写真である。歪みほどんどなし、周辺まで柔らかくもシャープ。こうした写真が12枚のうちに1枚ぐらい撮れる。この不確実さ、でも一枚はアタリの写真が撮れる奇跡が起き得ることがハッセルのビオゴンが神レンズ&カメラである所以なのではと。

SWC

Biogon 38mm f4.5 of SWC + Portra120

backlit

Super-Angulon 21mm f4 + M10-M


 backlit


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