naotoiwa's essays and photos

2020年06月



 毎年、梅雨時から夏にかけて読み返す本がある。それは、江國香織さんの『なつのひかり』。今の季節の描写がなんとも瑞々しいのだ。例えば、

 「やわらかでかなしげな、とろとろとした夏の風。」

 「貼れた真昼の日盛りよりも、こんな風に曇って湿度の高い遅い午後の方が、夏の息づかいというか
 体温というか、ある種邪悪な匂いが濃いと思った。」

 「雨は、爽快なほどはげしい音をたてて降り始めた。夕立ち特有の、不穏でほこりっぽい匂いがたち
 まちあたりにたちこめる。」

江國香織『なつのひかり』(集英社文庫、1999年)より


 でも、この『なつのひかり』、江國さんの作品としては珍しく、かなりシュールな小説である。ふしぎな「やどかり」が出てきたり、ふしぎな双子が出てきたり。

 夜更けまでこの本をずっと読んでいたからだろうか、今日の明け方に見た夢は、なんともシュールなものだった。たっぷりと雨を吸い込んだ草木たちに両側を囲まれた一本道を、僕はただひとりどこまでも歩いて行く。春に鳴いていた鳥たちの声が遙か彼方から微かに聞こえているばかり。百時間ぐらい歩いたところでようやく誰かの声が足元から聞こえた。もうすぐ満天の星空が見える広場に着くからと。その声の主が「やどかり」だったという夢だ。

坂道








 東京も30度を超えた。いよいよ夏到来である。(その前に長い梅雨があるのだが)

 若い頃、夏が好きだった。といっても根っからのヒネくれ者ゆえ、みんなで海に行って泳いだりサーフィンしたり、というわけではなく。ひとりで部屋のベランダでアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』を読んだり、大貫妙子さんの『夏に恋する女たち』を聞きながら海岸線をドライブしたり。

 夏。女の人たちはみんな素敵だった。ワンピースから伸びた脚はすらりとして。少し短めに揃えたワンレングスの髪が潮風に揺らいで。眩しそうに世界を眺める瞳は憂いを含んで。

 あれから35年。時間は現実を押しつける。でも、記憶はどこまでも自由だ。時間に縛られることはない。

 あの曲は『SIGNIFIE』に入っていたっけ? 『CAHIER』だっけ? 『CAHIER』の方はインストゥルメンタルバージョンじゃなかったか。『CAHIER』、洒落たアルバムだったな。フランス語の歌詞の曲や、ワルツ曲。

 ということで、apple musicで検索。すぐに見つかった。ダウンロード完了。

 *サブスクの音楽配信、今ではほとんどの曲が聴けます。『夏に恋する女たち』。もちろんオリジナルもいいけれど、原田知世さんのカバーもいいですね。

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