2020年04月
影絵
take me back to then
新型コロナウイルスの感染拡大は容易には終息しそうもなく、我々はこの状況を1年〜2年スパンで考えないといけないようだ。afterコロナではなくwith コロナという意識が我々の中で出来つつある。自分もそう思う。高温多湿の夏場にいったん小康状態にはなるものの、また秋から冬にかけて、そして来年の春先と、この戦いはかなり長く続くと覚悟しなければならない。その間に画期的な治療薬やワクチンが開発されない限り、ロシアンルーレットみたいに毎日誰かが亡くなってしまう。それは自分かもしれないし自分の大切な家族・友人かもしれない。なんとも暗鬱な、そして常にヒリヒリとした緊張感の中で我々はこれからの人生を生きていくことになる。だからといって、厭世的になってばかりもいられない。私の場合、まずは大学教員として、いかに学生のみなさんが納得し満足してくれるオンライン授業を構築できるか、試行錯誤を重ねつつもなるべく短期間の間に自分なりのベストの手法を提示しなくてはならない。ひとりのクリエイティブ・ディレクターとして、ひととひととが直接会えない時代の「コミュニケーション」をどう考えるのか、それをどのように表現していけるのかを考え抜かなくてはならない。今こそこの困難な状況に向かって建設的にチャレンジしていくべき時だ。
けれども、同時にこんなことも思う。自分たちの世代はつくづく恵まれていた世代だったのだと。1980〜90年代に20〜30代を過ごすことができた自分たち。もちろんその間に世界ではイデオロギーが終焉を迎え、日本ではバブルの狂乱とその崩壊、2000年代後半からは長く続く不景気に見舞われたが、とりあえず、日本全国津々浦々何処にでも行けたし、憧れと冒険心を持って世界中のほとんどの場所を訪れることができた。そうしたさまざまな場所でさまざまな経験をし、さまざまな人からダイレクトにかつリアルに受けた刺激が現在の自分の思索の糧になっている。それが2000年を過ぎて、2001年の9.11、2011年には3.11、そして今年の新型コロナウイルスと、10年に一度のスパンでそれまでの思考をリセットさせられるほどの強烈な体験を我々は強いられている。1980年代生まれ以降の若い人たちは、20代〜30代のアドレッセンスを、この世界を、心から素晴らしいと思えたことがあったのだろうか。自分たちの世代に「世界は素晴らしい」と心から思えた瞬間が何度かあったように。……そんなことを思っていたら、夢二じゃないけれど「早く昔になればいい」、彼ら彼女らにも「あの昔」を味わせてあげたらなあ、なんておせっかいな(大きなお世話な)ことまで考える始末で、これはなんとも建設的ではないなあと反省しつつ、でも実は、「昔に戻る」ことこそ最も勇気が要って建設的なことなのではないか、そうどこかで確信している自分もいたりするようだ。take me back to then when life was mellow.
Love Letter
空き時間ができると部屋でひとり、PC画面で昔の映画でも見る機会が多くなった。例えば、岩井俊二監督の『Love Letter』、1995年製作。25年、もう四半世紀も前の作品である。中山美穂ダブルキャスト。「お元気ですかぁ」
彼女(藤井樹)が暮らしている小樽の街。窓ガラスの外は冬景色。部屋の真ん中に石油ストーブ。彼女は風邪を引いている。咳が出る。熱も少しあるみたい。家族の前でも、マスクしないでゴホンゴホン。
今の時世じゃ、あり得ない情景描写。でも、ほんの数ヶ月前までは、目の前で大切な人が風邪を引いて熱があったり咳をしたり……そうした情景を我々はゆったりと受け止めることができた。それは、感染ったとしても命にかかわる危険はなかったからだ。でも、世界は一変してしまった。このような情緒は失われてしまったのだ。
なんてことを思いながら久々に見た『Love Letter』。小樽の天狗山とか出てきて懐かしい。彼女の父親が若くして風邪をこじらせて死んだ、というエピソードがなにやら暗示めいていたけれど。
中山美穂(藤井樹)がもうひとりの中山美穂(渡辺博子)にワープロで手紙を書いている。手書きでもなくPCでもなく、ワープロというのがいい。1995年。思えばあの頃が一番世界は適度にモダンになりつつもまだまだ適度に情緒にあふれていた時代だったのかもしれない。
autosleep
生まれた街の、今はもう廃業してしまったデパアトの入り口に、死んだ父親と母親が立っている。ふたりの後をついて行き、デパアトの誰もいない一階のフロアを抜けると、一機だけエスカレーターが動いている。でもそれはキューブのトンネルみたいなエスカレーターで、五十センチ四方の開口部に上半身を潜り込ませると、中には薄暗くて酸いた匂いが立ちこめていた。古くなったワインがあちこちに零れているような匂いである。こんなエスカレーターの中に入ったら体中に葡萄の滓が付いて服がダメになってしまうよ、というところで一度目が覚めた。(これが3時半頃のことか)次に、誰かの部屋で、僕はアンティックな瓶に入った香水を嗅いでいる。瓶にはゴールドのリボンが巻き付けられている。香水は昔流行ったゲランの「夜間飛行」みたいにとても濃密な香りだ。(これが5時半頃のこと)

深い眠りが3時間を超えて表示されたのは久しぶりである。このautosleep、本当によくできている。apple watch を手首にはめて寝るだけで、心拍数の変化等でレム睡眠、ノンレム睡眠の詳細な可視化が可能である。いったいどうやって? といささか疑問に思うのだが、朝起きた時に感じる睡眠実感と、夢を見たタイミングは見事にこのグラフと一致している。
夢二式
土日はどこにも出かけず、部屋で竹久夢二の画集ばかりを見ている。夢二といえば、ザ・大正浪漫で片付けてしまう人も多いが、夢二は正当な(という言い方もヘンだが)マニエリスム&世紀末美術の画家である。夢二の描く女性たち、道行きの男女たちは、みなメランコリックで虚無的な表情をして、か細くうつむき加減、S字型に体をくねらせている。まさにフィグーラ・セルペンティナータ。道行きの男女の脚は二人三脚、サンボリックに融合している。
そして夢二はセンティメンタルなだけではない、正当な詩人でもある。
「忘れたり。思ひ出したり。思ひつめたり。思い捨てたり。」
なんて連句、ナカナカのものだ。そして、コピーライターの資質も抜群。
「あゝ、早く『昔』になれば好いと思つた。」
これほどドキリとするコピーはない。もちろん、甘いだけの文章もいっぱいあるけれど。
「そしてまた、夕方の散歩とか郊外の小旅行とか、しめやかな五月の夜のことなど、を、あまい心持で空想しても見る。」(彦乃宛、大正六年四月四日の手紙より)
スペイン風邪
102年前にスペイン風邪で死んだエゴン・シーレのことを想う。
Edith, six months pregnant, contracts the deadly Spanish Flu in October and dies on the 28th. Egon, already ill, lasts scarcely three days longer, succumbing to the virus early in the morning of October 31st.
サラサラとした距離感
緊急事態宣言が発令となった。少なくともゴールデンウィーク明けまで。長く生きてきたが、これほどにもリアルな場所やリアルな人びとのことをいとしく思う経験は今までにない。例年だったら今頃は、さあて、大好きな5月、何処に行こうか。少し遅めの春を楽しむために北に向かおう。弘前はどうだろう。いや、函館。まだ冷たい風が時折吹き付ける函館がいい。……そんなことを考えて、仕事の合間のスケジュールをやりくりしている頃である。
函館が好きである。函館を舞台にした小説はいくつもあるが、特に好きなのは吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』と、筒井ともみさんの短編『北の恋人(スノーマン)』(『食べる女』に収載)だ。中島廉売所が出てくる。啄木の歌碑のある函館公園のレトロな遊園地も出てくる。風と路面電車の街、函館。今年は文庫本を読み返しながら、これから遅い春を迎える函館の情景を脳裏に浮かべるほかはない。
太平洋と日本海に挟まれた半島のような地形をしているという地理的条件から、雪はあまり降らない。そのかわりに風がつよい。一年中、風が吹きぬけている。この街は風の街だ。
かつては栄えたけれど、今は人口も減ってひっそりとしている。そんな街を吹きぬける風にはサラサラとした距離感のようなものがあって。その感触が私を和ませる。
私がこの街を好きになったもうひとつの理由が、この路面電車だ。風の吹きぬけるひっそりとした街を路面電車が走りぬけていく。
筒井ともみ『食べる女 決定版』(2018年、新潮文庫)
筒井ともみさん。日本を代表する脚本家である。向田邦子原作、森田芳光監督の『阿修羅のごとく』が印象に残っている。久世光彦演出の『センセイの鞄』の脚本もたしか彼女だったはず。
木漏れ日
comme à la radio
Il fait froid dans le monde.
Il fait froid.
Il fait froid.
Il fait froid.
Ça commence à se savoir.
Ça commence à se savoir.
Il fait froid.
Il fait froid.
Il fait froid.
Ça commence à se savoir.
Ça commence à se savoir.