naotoiwa's essays and photos

2020年01月



 その女は俯いて、ひとりで一心不乱に本を読んでいた。わたしの座っている場所からは、女の後ろ姿しか見えない。女は黒いセエタアを着ている。ワンレングスに切りそろえた首筋が抜けるように白い。真鍮の灰皿の中に置き去りになった煙草の紫煙が、女の付けている香水と混ざり合い、時折ここまで漂ってくる。店内には、古いシャンソンが流れている。


vienna coffee

Summilux 35mm f1.4 2nd + fp + Color Efex Pro


 vienna coffee.




 屋号「もの・かたり。」で活動している仕事のレパートリーが増えました。今回は文芸作品にチャレンジ。

 著者:十和野 葵(とわの あおい)、企画・脚本・編集:もの・かたり。


さくさくさく、表紙

 太宰治が死の前年に発表した『フォスフォレッスセンス』。二百字詰め原稿用紙三十枚にも満たないこの小品に魅せられた著者が、太宰治生誕110周年の2019年、すべての太宰ファンのために書いた、もうひとつの『フォスフォレッスセンス』物語。

 わたしは月に一度、日向(ひなた)さんの家に行く。

「男の人と女の人は、どういうふうにしたらいちばん親密になれるのかしらね」
「こうして手を繋ぎあっているのがイチバン幸せかもしれませんね」


 わたしは、いつも心のどこかで探している。別のやり方を。そして、ある秋の日、わたしが見つけてしまったものとは?

 東京近郊の古都K市を舞台にした、わたしと日向(ひなた)さんの、12ヶ月限定の恋物語。

「でも、どうして一年? たぶん、あと一年ぐらいはわたし、やっぱりここに通い続けるだろうし、そしてあと一年ぐらいが、わたしのモラトリアムを終わらせるにはちょうどいい期間だと思うから。」

 毎月、ふたりの間で交わされる、花とブンガクと、夢と現実と「あの世」のお話。

 太宰治、堀辰雄、中原中也、内田百閒他、大正・昭和の文士たちの言葉が今よみがえる。

 春夏秋冬、毎月一篇ずつ。古都K市のブンガク観光ガイドとしてもお役立ていただけたらと思います。


 2019年12月25日初版発行、2020年1月22日より発売開始です。



さくさくさく。
十和野葵
パブリック・ブレイン
2020-01-22








 大学教員になって改めて身近になった大学入試、いよいよ今年も本番到来である。今年は最後のセンター入試。来年からは大学入学共通テストとなる。共通一次試験に惑わされた者としては(当時は5教科7科目1000点満点だった)、この40年の変遷はなんとも感慨深い。人生を狂わされた感あり、今思えば人生がより面白くなった感もあり……。

 都心でも雪が降ったこの冬一番の寒さの中、受験会場に向かう彼ら彼女らの姿に当時の自分を重ねてみると、あの頃の自分のオツムの中は、間違いなく、我が人生において最も精緻な状態だったのだろうと今更ながらに思う。
 日本の教育はやれ知識偏重、暗記ばかり、英語も実際に使えない云々、とはよく言われることだが、英文法にせよ、歴史の暗記物にせよ、体系的に思考するための素材としてはそれはそれでとても意味のあることなのだと思う。今はなんでもかんでもイノベーション発想で、異分野のセレンディピティばかりがもてはやされるが、それは裏を返せば、ひとつのことを忍耐強く体系化することを軽んじる危険性にも繋がる。

 自分は、かつて大学ではアカデミズムを極めることができず、それまで積み重ねていたものを4年間の間に放擲し、結果、実業界に進むことになった。それが巡り巡って30数年後の現在、再びアカデミズムの片隅に身を置かせてもらえている。そのことの有り難みを噛みしめ、ここ三年間、自分なりに必死にアタマの中の体系化、その再構築を試みているのであるが、一度放擲してしまったものを取り戻すのはやはり至難の業である。ストレートで学部から大学院、そして研究者へと進んできた同僚の若き先生方と話をしていると、さすがだなあ、と感じる。彼ら彼女らのアタマの中の襞は、おそらくは一度も弛緩していないのだ。

精緻化

Summicron 35mm f2 2nd + M9-P + Color Efex Pro


 受験生のみなさん、みなさんが今後どのような道を進まれるのか、人ぞれぞれの考え方があり、人ぞれぞれの計画的偶発性があると思いますが、ただ間違いなく言えることは、今のみなさんのオツムの潜在的な可能性は、これからの長い人生全体を鑑みても、おそらくは最高の状態だということです。そのことを大切に愛おしく思って、この入試シーズンを乗り切ってくださいね。

井戸

Summilux 35mm f1.4 2nd + fp + Color Efex Pro


 井戸。




 やっぱり血液型による相性ってありますよね? 

 ワタクシの場合、今までの人生の節目節目で運命を変えてくれた人はほとんどがO型かB型である。特にO型の人には今まで幾度となく助けてもらった。逆にややこしいことになりがちだったのがAB型の人で、共鳴しあえるところも多い分、マイナスがべき乗になることも多々あった。

 ちなみに、亡父はO型、亡母はAB型。今日は、亡父の命日である。このなかなか難しいであろう相性の二人、あの世で仲良くやっているだろうか、なんて典型的農耕民族型、几帳面なA型の息子が気に病むなんて、大きなお世話だろうか?

maria

Summilux 35mm f1.4 2nd + M10-P + Silver Efex Pro



 年が明けました。去年の末にも書いたのですが、今年はワタクシ、大殺界なのです。こういう年はとにかくおとなしくしているに限ります。欲張っちゃいけない。整理するのです。自分がほんとうにやりたいこと、やらなくてはならないことを見極めて、それだけに専心するのです。

 やらなくてはならないこと。はい、これはもう、よくわかっています。粛々とひとつずつ丁寧に課題解決に励みたいと思っています。で、やりたいこと。これが、いくつになってもたくさんあり過ぎて(というか、年を取るたびに増え続けて)困ってしまうのですが、そろそろこのあたりで、自分は何をしているときがいちばんシアワセか、自分のココロに正直に尋ねてみるべき時なのかもしれません。

 で、その答えはと言うと、実は割とすんなりと出てくるわけで、……物心ついた頃から今までずっと、自分という人間は、文章を書いているときにいちばんシアワセを感じるのだと思います。

 たぶん、言葉が好きなのです。特に日本語で書くこの言葉が好きなのです。自分の意識の奥底に潜むもの、世界が一瞬見せるなにやら永遠めいたもの。それらを観察し、それらになんとか言葉で意味づけをし、カタチを作っていく作業が好きなのです。つまりは、言葉で表現することが好き、と言ってしまえば元も子もないのですが、靴を丁寧に磨くように、コトバのひとつひとつを磨いているとき、コトバとコトバのつながりをあーでもないこーでもないと考えているとき、それが至福のときなんです。そういうときの自分は、かなり几帳面なんだと思います。そして、かなり頑固なんだと思います。

 今年は、たぶん、そういう仕事を、とにかくコツコツとやっていきたいと思っています。大学での研究や授業内容はもちろんのこと、個人でお引き受けしている広告関連の仕事もみんな、もう一度、そこから、コトバを磨くことの原点から、丁寧に見つめ直していきたいと思っています。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

黒板

Dallmeyer 1inch f1.8 + E-PM1 + Color Efex Pro



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