naotoiwa's essays and photos

2019年10月



 来年はいよいよオリンピックイヤー。ここ数年、話題は2020年で持ちきりだったし、それに伴い、1964年の第18回東京オリンピックを懐古するテレビや雑誌の特集が組まれることも多かった。
 1964年。自分はまだ3歳だったのでなにも記憶はないのだが、1964年と聞けば、戦後の高度成長を達成していく輝かしいニッポンというイメージで、そこに、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」で描かれていたような昭和ノスタルジーがブレンドされる感じ。でも、実際のところはどうだったのか?

 先週、NHKでこんな特番をやっていた。「東京ブラックホール 破壊と創造の1964年

 なんとなくは知っていたけれど、女子バレーボールの北朝鮮選手団帰国の件、そして会期中の中国の核実験等、華やかな東京オリンピックの裏側で同時進行していたさまざまな出来事をこの番組は鋭く抉り出していて、いろいろ考えさせられることが多かった。久しぶりにマキャヴェリズム、という言葉を思い出した。

 この番組を見逃した人はオンデマンドでもなんでもちゃんと見た方が良いと思う。ドキュメント+ドラマとしてもなかなか洒落た演出だったし。



 喉がチリチリする。風邪かな? 熱はないようだけれど(ま、歳をとると体の反応が鈍くなるからあまり熱も出ないんだけれどね)、でもやっぱり体がだるい。

 ベッドに仰向けに寝ころんで耳にワイヤレスのイヤホンを突っ込み、apple watchでミュージックアプリを開く。チリー・ゴンザレスのピアノソロを選択する。apple watch、アナログの腕時計が好きなので今まではずっと敬遠していたのだけれど、やっぱりこれは便利。手元でほとんどのことがコントロールできる。リューズ部分を回せば音量調節も瞬時だ。




 それから、仰向けになったまま本を読み始める。一年遅れで文庫本になった江國香織さんの小説だ。冒頭でいきなり自分と同じ年齢の男の話が出てきてドキリとしたが、どうやらこれは作中作で、ほんとうの主人公は別にいるようだ。

 三十分も読んでいたらウトウトしてきた。いつのまにかブックカバーが外れてしまっている。ゴンザレスのピアノ曲も二番目のアルバムに移っている。細かい雨が降っている。水滴が窓硝子の表面で蠢いている。

 えっと、どこまで読んだんだっけ? ああ、ここからだ。

 これは地の文なのか、またまた作中作なのか。頭の中がぼんやりしている。頭の中にも少しずつ外の湿気が浸食してきてだんだんよくわからなくなってくる。ただ寝ぼけているだけなのかもしれないし、浅い夢を見ているのかもしれない。あるいはその夢の中でまた別の現実が始まっているのかもしれない。




 池袋界隈はふだんの活動範囲ではないのだけれど、先日、東武東上線沿線に出かける用事があったので、かの梟書茶房に寄ってみた。オープンして二年ばかり。池袋駅直結Esolaビルの中にある。ま、流行のブックカフェなんだけど、ここ、売ってる本が全部袋とじなのである。題名も表紙も明かされず、ブックディレクター、編集者の柳下恭平さんのセレクト文章だけを読んで購入するしくみ。なるほどシークレットブック。本の阿弥陀籤とも言えるかも。蔵書は約1200冊。

 自分のようにかなりの本好きを自認している者にとっては、このシステム、正直言ってなんだかまどろっこしさも拭えないのであるが、時には自分の価値観から解放されて、まるごと他人のキュレーションに委ねてみるのも快感かもしれない。計画的偶発性というやつである。サイフォン抽出の珈琲もおいしいし(あのドトールが経営)、「アカデミックエリア」と称された場所はじっくりと腰を据えてひとりシェアオフィス的にも使える。

 美術本や稀少本は依然として紙の書籍の意味はあるけれど、電子書籍がスタンダードになりつつある今、小説やエッセイの単行本・文庫本が紙であることの価値を再創造する手立てとしてはアリだと思った。なにより楽しい。袋とじだから梟書茶房と言うのだそうなw (だったら、入っているビルの名前Esolaは、ひょっとして「絵空事」のことかと勝手に想像してしまう)

 誰かに本をプレゼントするのにはたしかにこの袋とじシークレットブック、いいかも。(でも、その際にはプレゼントする方としてはやはり、中身がなんなのか知ってはおきたいのだけれど)

pond

iPhone 11 + ProCamera


 iPhoneでここまで撮れれば文句ないですね。




 「つながる」ことばかりが取り沙汰される現代。オープンという名の暴力。正直言って、げんなりである。ひととひとはそんなに易々とつながるものなのか。ひとはドットとしてもっと孤高に思索し観想すべきではないのか。我々は匿名性を慈しまなくてはならない。システムという名前のブルドーザーに、がさつな道ならしをして欲しくはない。そのせいで、ほのあたたかな秘密の小さな明かりたちが、ひとつ、またひとつと消えていく。




このページのトップヘ