2019年03月
エレジー
僕はひとり、久しぶりに訪れたその街の、緩やかに蛇行する通りをゆっくりと歩いている。通りに沿って並んでいるカフェやレストラン、ギフトショップの建物に紛れてホテルが一軒建っている。それは、ずっと昔に廃業したはずのホテルだったりする。
僕は通りを歩き続ける。風はそよとも吹かない。通りはオレンジ色の照明に照らされて、まるで映画のセットのようだ。ひょっとして、これは現実の世界ではないのかも、と僕は思い始める。だったら、それならそれで全然構やしないのだ。みんな拵えものでいいんじゃないの、と僕は思う。それにうつつを抜かして生きている人生で構わないんじゃないの、と僕は思う。プーシキンの「エレジー」を想い出しながら。
もの狂おしき年つきの消えはてた喜びは、にごれる宿酔に似てこころを重くおしつける。
すぎた日々の悲しみは、こころのなかで、酒のように、ときのたつほどつよくなる。
わが道はくらく、わがゆくさきの荒海は、くるしみを、また悲しみを約束する。
だが友よ、死をわたしはのぞまない。わたしは生きたい、ものを思い苦しむために。
かなしみ、わずらい、愁いのなかにも、なぐさめの日のあることを忘れない。
ときにはふたたび気まぐれな風に身をゆだね、こしらえごとにうつつを抜かすこともあるだろう。
でも小気味のいい嘘を夢の力で呼びおこし、としつきはうつろい流れても。
清水邦夫『夢去りて、オルフェ』(1988年、レクラム社)
*原典はプーシキン詩集のなかの「エレジー」。金子幸彦氏の訳とは最後の部分が異なっているが、ここでは清水邦夫氏の戯曲での訳を引用。
おめでとう
またひとつ歳を重ねてしまいました。
早いもので、大学の教員生活も4月から3年目を迎えることになります。で、本日3月23日は大学の卒業式でありまして……昨年に引き続き今年も、たくさんの若い人たちに「おめでとう」を連発しつつ、「ところで、実は、今日はワタクシの誕生日でもあるのですが……」と逆「おめでとう」を軽ーく強要し、お互いにお祝いを言い合える一日となりました。花冷えでしたが、大学周辺の桜も確実に咲き始めておりましたっ。
大学の教員としての仕事と、個人としてご依頼いただいている仕事との両立に四苦八苦してきた2年間でしたが、ここに来て、ようやく自分なりのスタイルが作れてきたかもと思ってます。でも、それは逆に言えば、「慣れ」が生じ始めているということでもあります。ので、この4月からは、また次の新しいことにチャレンジしていけたらと思っています。
自分の中にはたくさんの自分たちがウヨウヨいます。それらの発する声により一層耳を傾けて生きていければと。
さて、ここ10年近く個人のブログはずっと書き続けているのですが、それ以外にも、この4月からはNOTEを始めることにしました。まだ、プロフィールテキストしかアップしてませんがw 今後は、こちらの方もたまには見てやってください。
では、みなさんのますますのご活躍と well being を祈念しつつ。そして、一年に一度しかないこの桜の季節をじっくりと楽しんでくださいね。ではまた。
Simple Favor
3月から劇場公開になっている「シンプル・フェイバー」(Simple Favor)を見に行った。この映画、どのようにカテゴライズすればいいのだろう? ファッショナブルなミステリー・コメディ?
ブレイク・ライブリーがとにかく妖艶で格好よかった。で、全編通じて挿入されている数々の60年代フレンチポップスの名曲。なるほど、監督のポール・フェイグは同世代の1962年生まれ、か。
三つ巴
馬酔木
何年ぶりかに浄瑠璃寺を訪れた。今までに何度か、吉祥天や三重塔の中の薬師如来の特別開扉に合わせて足を運んだことがあるが、今回は、ただ満開の馬酔木の花を見るためだけに。
二時間あまりも歩きつづけたのち、漸っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見出したときだった。
その小さな門の中へ、石段を二つ三つ上がって、はいりかけながら、「ああ、こんなところに馬酔木が咲いている。」と僕はその門のかたわらに、丁度その門と殆ど同じくらいの高さに伸びた一本の灌木がいちめんに細かな白い花をふさふさと垂らしているのを認めると、自分のあとからくる妻のほうを向いて、得意そうにそれを指さして見せた。
堀辰雄『浄瑠璃寺の春』
photos taken by Summilux 35mm f1.4 2nd + M10-P
波紋
I was born to
オカメザクラ
Woman of Ireland
心奪われるメロディがある。例えば、アイルランド民謡の Woman of Ireland。
初めて聞いたのは、大学1年生の時。ボブ・ジェームスのレコードにフィーチャーされていた。
それから、かつてはケイト・ブッシュのボーカルで、今ではフランス人のノルウェン・ルロアの歌声が好みだ。
そう言えば、70年代のキューブリック監督の映画「バリー・リンドン」の中でもこの曲、効果的に使われていた。
アイルランド。行ってみたい。