naotoiwa's essays and photos

2018年06月

water

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + MM


 a glass of water.


leaf

Summilux 50mm f1.4 ASPH. + MM


 leaf.


森

Zunow 13mm f1.1 + Q-S1






 お昼の休憩時間を利用して、よくここに来る。武蔵国分寺公園。

 かつて、この近くに武蔵国の国分寺、国分尼寺があった。公園から国分寺講堂跡へと至る途中には真姿池湧水群があり、近所のひとがのんびりとペットボトルに湧水を汲んでいる。国分寺崖線のハケに沿って「お鷹の道」が続いている。

湧水

 湧水園前の「おたカフェ」でぼんやりしながら、天平時代に思いをはせる。ここは国府があった府中から至近の場所。当時の人々が、周辺の緑美しい台地を眺めつつ、東山道武蔵路沿いにはるか遠くの奈良の都を目指す姿を想像する。

 JR国分寺駅。今では駅直結の高級タワーマンションが建ち並ぶ中央線のターミナル駅だが、そこから15分も歩けば、あっという間に古代へのタイプスリップが可能になるのだ。

鎌倉街道


all photos taken by Zunow 13mm f1.1 + Q-S1




 大学では『広告論』や『コミュニケーション戦略論』の授業を担当していますが、さまざまな授業やゼミナールを通して自分が一貫してやっていることは、クリエイティブな発想法の実践、トレーニング、その体系化にある(と思っています)。そして、それは、大学の学部教育や専門学校での訓練に限定されることではなく、社会人になってからの学び直し、転職のためのスキルアップ、あるいは定年後のセカンドステージ、リカレント教育においてもとても大切なことなのではないかと思っています。

 これからの100年人生、我々は一生涯学び続けなくてはなりません。2030年あたりには汎用人工知能の時代がどうやら本格的に到来するみたいですし、その時、我々人間が、人間にしか出来ないアビリティとスキルを維持し続けるためにはどうしたらいいのでしょうか。……そんなことを考えながら、6月末、早稲田ネオで『おとなのための創造力開発ワークショップ』のパイロット版を行うことにしました。ご興味のある方は是非、日本橋でお会いしましょう。


創造力開発WS



pray

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P


 pray.




 先週の鹿児島滞在中、空き時間を利用して磯浜に行ってみた。目的は『細長い海』である。

 向田邦子さんのエッセイには、ドラマの脚本以上にドラマトゥルギーを感じさせる名作が揃っている。中でも鹿児島の天保山や磯浜のことが書かれている『細長い海』(『父の詫び状』に収録)はすばらしい。しかしながら、文章を読んでいるだけではこのタイトルの『細長い海』のイメージがいまひとつつかめないでいた。そこで、実際に行ってみることにしたのである。仙巌園や尚古集成館は大河ドラマ人気もあってか、大型観光バスが何台も駐車場に停まっているほどの賑わいを見せているが、手前の磯浜の方は海開き前の梅雨時、ほとんど誰もいない。

 エッセイの中では磯浜はこんなふうに描写されている。

 鹿児島の磯浜は、錦江湾の内懐にある。目の前に桜島が迫り、文字通り白砂青松、波のおだやかな美しい浜である。近頃は観光名所になってひどくにぎわっているらしいが、戦前は静かなものだった。
 島津別邸もあり、市内に近いこともあって品のいい別荘地でもあったようだ。山が海岸近くまで迫り、海に向って、名物の「じゃんぼ」を食べさす店が何軒か並んでいた。「じゃんぼ」は醤油味のたれをからめたやわらかい餅である。ひと口大の餅に、割り箸を二つ折りにしたような箸が二本差してあるので、二本棒つまり「リャン棒」がなまったのだと、解説好きの父が食べながら教えてくれた。
 母がこの「じゃんぼ」を好んだこともあって、鹿児島にいる自分はよく磯浜へ出かけた。
 海に面した貸席のようなところへ上り、父はビールを飲み、母と子どもたちは大皿いっぱいの「じゃんぼ」を食べる。このあと、父は昼寝をし、母と子どもたちは桜島を眺めたり砂遊びをしたりして小半日を過すのである。
 あれは泳ぐにはまだ早い春の終わり頃だったのだろうか。
 いつも通り座敷に上がって父はビールを飲み、私達は「じゃんぼ」の焼き上るのを待っていた。おとなにとって景色は目の保養だが、子供にとっては退屈でしかない。小学校四年生だった私は、一人で靴をはき、おもてへ遊びに出た。貸席と貸席の間はおとな一人がやっと通れるほどの間で建っている。私はそこを通ってタクシーの通る道路の方を見物にゆき、格別面白いものもないので、また狭い隙間を通って家族のいる座敷へもどっていった。


 いくつか並んでいる店のうち、たぶん向田家が利用したであろう桐原家両棒店で「じゃんぼ」を注文することにした。「焼き上がるのに少々時間がかかります」とのこと。で、貸間に案内される。

桐原家

 嗚呼、これぞ正しき日本の夏休み、な感じの貸間である。確かにここでビールを飲んで午睡をしたらさぞや心地良いだろうなあと思いつつ、ガラス越しに目の前の桜島をぼんやりと眺めやる。15分ほどして出てきた「じゃんぼ」を食べてみると、それはなんとも柔らかく甘く香ばしい味がした。

じゃんぼ
 さて、この桐原家両棒店は道路側の入り口から砂浜までの奥行きがずいぶんと長い。そして、注文するところと貸間の入り口が別々になっている。かつては、その間に奥行きの長い狭い通路があったのではないだろうか。その閉塞感が、この後、通路の中ですれ違った漁師に「軽いいたずら」をされてしまった小学校四年生の向田さんの心情を絶妙に言い表す表現となる。……それが、『細長い海』だったのかもしれない。

 私はしばらくの間、板に寄りかかって立っていた。建物と建物の間にはさまれた細長い海がみえた。


all photos taken by Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P



 先週の日曜日、久しぶりに山らしい山に登ってきた。奥日光の男体山。標高2486メートル。

戦場ヶ原

 朝の6時に二荒山神社を出発した。石段の先からいきなりの直登。途中一度だけ舗装された林道を経由したが、4合目からはまた直登。しかも6合目以降はガレ場ばかりのロッククライミング状態。息があがる。何度も腿を90度近く持ち上げなくてはならない。ついに9合目で右足にけいれんが来た。

 男体山。たしか30代の頃に一度登った記憶があるのだけれど、こんなにハードだったか。あれは同じ奥日光でも白根山の方だったか。それともここ20年でよほど体力が落ちてしまったのか。

 頂上はもうすぐそこなのに、これ以上どうやっても足があがらぬ。コースの端に体を寄せては何度も立ち止まる。10メートルほど先に、登りにも下りにもジャマにならないスペースを見つけた。座って両足を伸ばす。崖の真下に中禅寺湖が見える。ここでしばらく休憩。標準コースタイム超過やむなし。……目を瞑る。暖かい日差しが瞼の裏をオレンジ色に染めていく。

 「どうしました?」……涼やかな女性の声がした。気がつくとすでにその声の主はすぐ隣に座っていた。「足がつっちゃって、お恥ずかしい」「けっこうハードですもんね、この山」。でも、彼女の方は全然呼吸も乱れていない。「栄養補給にいかが?」ザックを肩から外し、中からドライフィグを出してくれる。乾燥いちじくである。

 「山にはよく?」と尋ねてみると「月に一度はどこかしらに登ってるかも」「ひとりで?」「ひとりの時もあるし、仲間といっしょの時も」……彼女はエヴィアンをふたくち飲んだ。とてもクールに。トレッキングシューズはガーモントの本格的なヤツ。グレーのパンツが赤土に汚れてしまうのも全く気にしていない。色白の横顔には汗の一粒も滲んでいない。

 それからしばらくの間、ふたりで山の話をした。登山を始めて5年。彼女は百名山の半分ぐらいはもうすでに制覇しているようだ。昨年は穂高の涸沢カールの紅葉も堪能したらしい。「ときどき、うんざりしちゃうんですよね」「……?」「言葉だけでなにかを決めたり、なにかが出来たような気になったりすることに」「……で、山に来る」「……こういう景色を見たかったら」「……見たかったら?」「自分自身の足でそこまで行かなくちゃ。自分だけの力で。でなきゃわたしたちにその権利はないと思う」

 ゆっくりと瞼を開ける。眼下に中禅寺湖。

眼下

 視界を右手にパンしていくと、今度は戦場ヶ原が見えてくる。昔、あそこで男体山の神様が赤城山の神様と戦って勝ったのだ。頂上にある剣はその時のシンボルなのだろうか。

 さあて、あと少し。「自分だけの力でそこまで行かなくちゃ、権利はない、か」……そう反芻しながら、腰を上げた。右足のけいれんもようやく収まった。仲間たちが頂上からこちらに手を振ってくれている。早く来いと手招きしている。でも、さっきまで隣にいてくれた彼女の姿はどこにも、ない。すでに森林限界を超えて、白いズミの花も咲いていない。春蝉の声も遙か彼方だ。

all photos taken by GRⅡ

bridge

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P


 bridge.




 4年ぶりの鹿児島である。人工知能学会全国大会@城山観光ホテル。

 宿は、ちょっと遠いけどやっぱり今回もサンロイヤルホテルにした。理由は3つ。桜島一望の展望温泉があること、向田邦子さんが「鹿児島感傷旅行」で泊まった宿であること、あとは、すぐ近くに、ざぼんラーメン与次郎本店があること、であろうか。

 ホテルのHPにも記載されているが、向田邦子さんの『眠る盃』には以下のように書かれている。

 桜島といえば、サン・ロイヤルホテルの窓から眺めた
 夕暮の桜島の凄みは、何といったらよいか。
 午後の太陽の光で、灰色に輝いていた山脈が、
 陽が落ちるにつれて、黄金色から茶になり、
 茜色に変わり、紫に移り、墨絵から黒のシルエットとなって
 夜の闇に溶けこんでゆく有様は、
 まさに七つの色に変わるという定説通りであった。


 早朝、ホテルから歩いてすぐの長水路コースを散策する。すでに鹿児島は梅雨入りしていて、桜島がその全貌を現すことはないけれど、この季節ならではの幻想的な姿である。

長水路

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P

 ホテルはここ4年でずいぶんと年期が入ってきたようだ。さて、自分はどうだろう。4年前の自分と今の自分。変わらないのは桜島だけ? 向田邦子さんはこんなふうにも言っているけれど。

 あれも無くなっている、これも無かった―
 無いものねだりのわが鹿児島感傷旅行の中で、
 結局変わらないものは、人。
 そして生きて火を吐く桜島であった。


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