naotoiwa's essays and photos

2018年05月



 あと一時間もすれば雨になるだろう。窓から入ってくる空気が潤んでいる。頭の中も潤んでいる。晴れの日が続くと私は偏頭痛に悩まされる。ふつうは反対でしょ、とひとは云う。ふつうのひとは低気圧が近づいて来たときに頭が痛くなるわけで。

 私は今、窓辺に置いた小さな書き物机に頬杖をついて窓の外を眺めている。窓の外は緑で溢れている。春の花々はみんな散ってしまって今は緑一色だ。中途半端な色の花なんかなくていい。緑だけでいい。その緑色が湿気を含んでゆっくりと膨張し始めている。書き物机は飴色の木製で、同じ木製の床や壁からは古い家特有の甘ったるい匂いがする。机の左端にくすんだペパーミント色のランプが置いてある。明かりはまだ付いてはいない。

lamp

 この場所で、私は雨が降り出すのをぼんやりと待っている。過去のことを思い出すわけでもなく、ましてや未来のことを考えるわけでもなく。かといって今のこの一瞬を真剣に考えているわけでもない。ただぼんやりとここに或る、だけ。できることならこの場所で、この古びた家の中で、私はこれからもずっと暮らしていけたらと思っている。私は年を取るだろう。でも、私は鏡なんか見ない。だからいくら容姿が衰えようが構やしない。私の目に世界がずっと映っていてくれさえすればそれでいい。世界が存在するというのはそういうことだ。世界はずっと変わりはしない。





 あと一時間もすれば雨が降り出すだろう。日も暮れるだろう。そうしたら、私は窓を閉めランプの明かりを付けて、読みかけの本の続きを読むだろう。その本はひとつひとつのフレーズに燦めきがあって、それらが自動記述みたいにズンズン連なっていく。

 たぶん今夜こそは、けっこうな量の雨が降るかもしれない。家の前の道はひどく泥濘んでしまうかもしれない。明日から、もうどこにも行けなくなってしまうかもしれない。……それで構やしない。雨が止んで、また雨が降り出すのを待って……その繰り返しはもうおしまい。これから降り出す雨が、この家も外の緑も時間も何もかも溶かしてくれるのなら、それで構やしない。



 これは、土曜日がまだ土曜日らしいニュアンスを秘めていた頃の話である。日曜日が待ち遠しかった頃の話である。これは、スマホも携帯電話もまだなかった頃の話である。電話をかけても相手が不在ならば履歴が残らなかった頃の話である。そのために起こるさまざまなすれ違いにドラマトゥルギーがあった頃の話である。

 その話は、ご多分に漏れず、ひとりの男がひとりの女とすれ違うところから始まる。季節は五月、土曜日である。時刻は夕刻の六時である。日がずいぶんと長くなって六時になっても光に陰りはまだ見えない。夏がすぐそばまで近づいて来ているのがわかる。女たちはみんなもう夏服に着替えている。そしてみんな同じ、かすかな匂いを発散させている。みんな同じ香水を付けているのか、同じ柔軟剤を使っているのか。あるいは、どこかにクチナシの花でも咲いていて、みんなその下を通ってやって来るのか。

5月

Kinoplasmat 25mm f1.5 + E-PM1



 螺旋階段が好きである。グッゲンハイム美術館しかり、会津の栄螺堂しかり。

 無駄を排した直線美。例えば、モンドリアンやリートフェルト、あるいはコルビュジエに憧れる。でも同時にその正反対の、曲線とか迷路とか、そういうものにも無性に心惹かれる。アテネのアクロポリスの丘よりもその眼下にあるプラカ地区に、ベルサイユ宮殿よりもフォンテーヌブローの宮殿に心惹かれる。

 美しい螺旋階段があると知ったらどこへでも行きたくなる。ところが、灯台もと暗し、とはこのことだ。なんと、通っている大学の敷地内にもそれはあった。築1968年の研究棟。

螺旋

Zunow 13mm f1.1 + Q-S1





 5月19日。今日は亡父の誕生日である。大正14年(1925年)生まれなので、生きていれば今年93歳である。

 父親が死んだ時、自分はまだ36歳で平成7年生まれの長男は2歳にもなっていなかった。だからまだ自分自身は親らしい自覚もないままに父親を亡くしてしまったことになる。彼がもう少し長生きしてくれていたら、お互いに親の立場での会話が出来たのにと思う。いろんなアドヴァイスをもらえただろうにと思う。

 個人事業主としてずっとひとりで家族四人を養い続けてくれた父親。自分も遅まきながらサラリーマンを辞めたので、フリーで生きていくことがどれだけ大変なことか今では身に染みてよくわかる。でも、だからこそ、彼は生涯現役で自分の生業にこだわり続けることができたのだろう。晩年になっても、やることがなくてぼんやり惰性で過ごしている姿なんか一度も見たためしがなかった。格好よかったなあと思う。いつも自分なりの強い意志と実行力があった。そして、子どもたちの自由を誰よりも応援してくれた父親。

 でもねえ、親というのは、やっぱりナカナカに大変な役柄ですね。……そんな本音話をあなたとじっくり話してみたかったです。いろいろ愚痴も聞いて欲しかったし。男同士の、ね。

花

Xenotar 80mm f2.8 of Rolleiflex 2.8E + Portra400



 5限の授業が終わり、その日のとりまとめをして帰路につくと都内に戻ってくるのが19時過ぎ。で、代官山の蔦屋書店に寄るのである。夜の19時からは駐車場が無料になるので車で気軽に立ち寄れる。まずはいつも通り、アートや写真関連の売り場に行く。洋書類を実際に手にとって眺められるのはありがたい。で、次に文学関連の売り場に行く。季節の特集コーナーがある。今月の特集は「海」。今日も気温は28度まで上がった。夏も近い。もうすぐ海の季節ということで、古今東西の「海」にまつわる本が並べてある。たまには誰かがキュレーションしたものに素直に乗っかってみるのも悪くないだろう。

 タイトルもそのものずばり「海」と書かれた小川洋子さんの短編集を買うことにする。もう十年以上前に出版された作品だ。セルフレジで文庫本のバーコードをセンサーに当てる。432円。決済完了。自分で紙袋に入れる。

海

 家に帰ってさっそく読んでみた。標題の「海」もさることながら「風薫るウィーンの旅六日間」が良かった。小説らしい小説だ。いろんな偶然が重なり合って、……ううむ、こういうのを偶然性の必然性というのであろうか。思弁的実在論。まあ、それはともかく。

 舞台はウィーン。時は風薫ると書いてあるからちょうど今頃の季節であろうか。そして、場所はショッテントール駅周辺の養老院となっている。フロイト博物館の近くである。昔のウィーンらしさが色濃く残る大好きなエリアである。

wien

Summilux 35mm f1.4 2nd + M9-P





carp

Summilux 50mm f1.4 1st + M3 + Acros100


 no-flying carp.


speculative

Summilux 50mm f1.4 1st + M3 + Acros100


 speculative.


flower

Summilux 50mm f1.4 1st + M3 + Acros100


 flower.




 キャリアデザインは自分の専門ではないが、2016年に出たこの本は衝撃的だった。以来、何度も読み返している。

ライフシフト

 50歳の時、自分たちの世代ですらもう従来の3ステージ型の人生設計ではダメだと覚悟を決めた。ちょうど震災の年でもあった。その頃すでにこの本が上梓されていたら、自分が何を為すべきだったのかについてもっと明確に認識できていたのにと思う。

 45歳を過ぎた頃から、広告分野以外の人脈をつくろうと躍起になっていた自分を思い出す。今までに培ってきた専門性にこだわりつつも、それを他の分野に広げていくための糸口をずっと模索してきたように思う。そのために何が必要なのか。2016年になってこの本を読んで、そのあまりに明解なネーミングに膝を打ったものである。「変身資産」……なるほど、自分が当時、必死になって養おうとしていたのはこれだったのか、と。

 「ライフシフト 100年時代の人生戦略」。改めて読み返してみるとそこにはこんなふうに書いてある。

 行動の仕方やものの感じ方だけでなく、ものの知り方を変えるとき、そう、なにを知っているかだけでなく、どのように知っているかを変えるとき、変身は起きる。

 そのためには、

 多様性に富んだ人的ネットワークをもっていること、新しい経験に対して開かれた姿勢をもっていること。

 あるいは、こんなふうにも書いてある。

 あなたのことを最もよく知っている人は、あなたの変身を助けるのではなく、妨げる可能性が最も高い人物なのである。

 確かにそうなのである。当時、付き合いの長い友人たちはあまり相談に乗ってくれなかったように思う。的確なアドヴァイスをしてくれたのは知り合って間もない新しい知人ばかり。結果、疎遠になってしまった親友も何人かいる。そういうのはせつないことなのだけれど。とてもとてもせつないことなのだけれど。。



 代官山。もうかれこれ三十年以上、この街とはつかず離れずの距離に住んでいる。80年代後半の代官山は自分にとって憧れの場所だった。就職して3年目。給料もおぼつかないのに無理して代官山駅すぐそばのアパアトに引っ越した。

 代官山。東京デザイナーズブランドの聖地。そして、一歩奥に入れば、今はなき同潤会アパートがあった。銭湯、そして共同食堂。週末になると同潤会アパートの写真を一心不乱に撮った。その建物も解体されて、はや二十年。

 旧山手通りの西郷山公園の近くに、エイズで亡くなられた熊谷登喜夫さんのブランド、TOKIO KUMAGAIのブティックがあった。店内にはいつも素敵なシャンソンが流れていた。あの時買ったネクタイの何本かは今も大切に使っている。

tokiokumagai

 駒沢通り沿いには715(セブンクォーター)というアパレルメーカーが運営するベーカリーがあった。開店は7時15分。ここの名物のシナモンロールを食べてから会社に行くのだ。当時、夜遊びに飽き始めていた若者にとって、早起き&朝食こそがトレンド。

 TVのトレンディドラマは「海岸物語 昔みたいに」。主題歌は get back in love 。奥田瑛二扮する主人公が週末ごとに同潤会アパート(ただしこちらは青山の方)から鎌倉山のパン屋さんボンジュールに通うのだ。そのボンジュールも今は。……

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